慟哭のモォツァルト

昨日、モーツァルトの「第40番」のもつ偉大なる「翳」についてちょっと触れたが、より一層の「内燃する悪魔性(一言で表現するうまい言葉が見つからない・・・)」を感じさせるのがピアノ協奏曲第20番ニ短調。この曲も初めての出逢いは高校生の頃で、やはり当時心酔していたフルトヴェングラーがイヴォンヌ・ルフェーブルと協演したスイス・ルガーノでのライブ録音盤にて。モーツァルトらしからぬあまりの激しさと悲劇性に入門者にはある意味理解の度を超え、当初はむしろ敬遠する楽曲だった。

そして、しばらくしてから出逢ったのがグルダ盤。これによってやっとこの曲の真価がわかったようなものである。発売当初から評判が高く、その頃推薦盤として必ず音楽雑誌に取り上げられていた名盤である。ほかにも内田光子盤バレンボイム&ベルリン盤、ハイドシェック&ザルツブルク・モーツァルテウム盤、アルゲリッチ&ラビノヴィチ盤など名盤はいくつもあるが、やはり僕にとって原点はこのグルダ盤か。

モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466
フリードリヒ・グルダ(ピアノ)
クラウディオ・アバド指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

第1楽章、シンコペーションのリズムに乗って謳われる「不安」に覆われた第一主題からして「モーツァルトの心の叫び」以外何ものでもない。この曲が作曲初演された1785年当時は、ウィーンにて開催していた自身の新作発表を兼ねた予約演奏会が常に盛況で、モーツァルトが最も輝いていた時代である。ザルツブルクから偶然訪れた父レオポルトもこの曲が初演された演奏会を目の当たりにし、

「・・・音楽会はこの上もないほど素晴らしく、オーケストラも立派でした・・・それからヴォルフガングの素晴らしい新作のクラヴィーアのための協奏曲が続きました。写譜の人が、私たちが着いた時はまだ仕事を終わっていなかったので、お前の弟はロンドを1度も全部通して弾いてみる時間がありませんでした。筆写譜を見直さなければならなかったからです・・・お前の弟が立ち去るとき、皇帝は帽子を手に持って会釈され、それからブラヴォー・モーツァルト!と叫ばれました・・・」

と娘ナンネルに手紙を書いている。
しかし、そういった輝かしい状況にもかかわらず、彼の頭の中で鳴り響く音楽は、1787年以降の自身の没落を予感するかの如くの「ほとばしる悲劇性」を内に秘めたベートーヴェンを髣髴とさせる「巨大でデモーニッシュな内容」であったのだ。上記父親の手紙では聴衆の熱狂ぶりが手にとるように伝わってくるのだが、本当に当時の大衆はこの曲を真に理解していたのだろうか。

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