バリリ弦楽四重奏団 ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第15番イ短調作品132(1956録音)

父と母にあった。
年老いた母を病院に連れて行く道中、他愛もない話が続く中、つくづく母は人想いの人だと思った。四肢が麻痺する不治の病に罹り、それでも文句の一つもない母に、強さを見た。それも、ただならぬ精神的な強さだ。我関せずというときもあれば、自分の考えにとことん執着するときもある。しかし、母はやっぱり母であって、僕にとても優しい。

高原に戻った夜、父経由で母から電話があった。
「今日はありがとう」と。

何でもない会話だが、人と人とのつながりを思った。
その堅さは血縁なら当たり前のことなのだろうが。

もうすぐベートーヴェンの誕生日だ。
(何と255回目だ)

作品132を聴いた。晩年の、病が快癒した後の、神への感謝を顕す楽章を持つ美しい曲に浸った。

・ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第15番イ短調作品132
バリリ弦楽四重奏団
ワルター・バリリ(第1ヴァイオリン)
オットー・シュトラッサー(第2ヴァイオリン)
ルドルフ・シュトレンク(ヴィオラ)
エマヌエル・ブラベッツ(チェロ)(1956録音)

第1楽章アッサイ・ソステヌートーアレグロから最晩年の楽聖の格別なる境地の賜物を示す、自然体の演奏は(時に物足りなさを覚える人もあろうが)、それこそ純粋無垢なるベートーヴェンの真言ではないのかと思わせる。

第3楽章モルト・アダージョーアンダンテは、畢生の名曲。「リディア旋法による、病より癒えたる者の神への聖なる感謝の歌」と題された音楽は、傑作中の傑作だ。

そして、第4楽章アラ・マルシア,アッサイ・ヴィヴァーチェからアタッカで進む終楽章アレグロ・アパッショナートープレストの生命力に、もはや残り数年でベートーヴェンの命が潰えることを忘れさせてくれる。何という明朗さ。バリリ弦楽四重奏団の名演奏が光る。

マルセル・プルーストはことのほか作品132を愛した。
(当時は、カペー弦楽四重奏団を愛聴していたと聞く)
(音盤など望めない時代、自宅に四重奏団を招き、目の前で演奏させるのだから、羨ましい)

カペー四重奏団のベートーヴェンを聴いて思ふ カペー四重奏団のベートーヴェンを聴いて思ふ

山のあなたの空遠く
「幸」住むと人のいふ。
噫、われひとゝ訊尋めゆきて、
涙さしぐみかへりきぬ。
山のあなたになほ遠く
「幸」住むと人のいふ。

カアル・ブッセ「山のあなた」
山内義雄・矢野峰人編「上田敏全訳詩集」(岩波文庫)P71

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