
何て美しいのだろう。
ドビュッシーならではの浮遊感はない。
確固とした、地に足の着いたという表現が正しいかどうかわからないが、独墺系の調子が犇めく音楽に、僕はもとより感動した。
(あるいは僕の耳が、感覚が変わっただけかもしれないが)
(それもこれもアルバン・ベルク四重奏団の、冷徹な、鋭利な演奏がものをいっているだけなのかもしれないが)
続く、ドビュッシーが賞賛したラヴェルの弦楽四重奏曲も実に素晴らしい。
(一方のラヴェルは、ドビュッシーの音楽に感銘を受けたことがないというのだが)
ドビュッシーの発見が私の心をそれほど深く打たなかったのは、私がすでにシャブリエに魅惑されていたからである。とはいえ、私は自分の意志で、そしてつねにある時点で抵抗しつつ、シャブリエの影響を甘受した。
とにかく、けっして私の側からドビュッシーの原理を受容したことはなかった。そのことはあまりにも明らかなので、誰もそれを疑うことはできないとさえ私は思う。
私にとって、シャブリエとマネの間に存在する照応関係に話を戻すなら、それは彼らの各々が相互の芸術に及ぼした影響にのみ因るものではない。それはもっと奥深いように私には思われる。シャブリエの諸作品が私に引き起こす感銘と等価なものを私はマネの『オランピア』に見出したが、私の青年時代に、その絵は最も素晴らしい感動のひとつを与え、未だに私の目には見事な作品であり続けている。
その絵の中には、シャブリエの〈メランコリー(憂愁)〉の心がつねに見出されると私には思われる。たんに別の次元に移されているだけなのだ。
技法について言えば、私の師、それはエドガー・ポーである。
私の考えるところ、もっとも素晴らしい作曲概論、とにかく、私に一番大きな影響を与えたもの、それは彼の「ひとつの詩の創作過程」である。マラルメがそれはまやかしに過ぎないと主張したけれども、エドガー・ポーは、自身が指摘したようにして、自分の詩「大鴉」を作ったと私は相変わらず確信している。
「怠惰な子供だった私の思い出」(1931年)
~モーリス・ラヴェル/笠羽映子編訳「ラヴェル著述選集」(法政大学出版局)P208-209

エマニュエル・ストロッサーのシャブリエ「ピアノ作品集」(2009.11録音)を聴いて思ふ
シャブリエ、マネ、アラン・ポー。
なるほど、モーリス・ラヴェルの心底にはそういう人たちの影があったのだと知った。
初期のアルバン・ベルク四重奏団の奏でる音楽には生き生きとした命が宿る。
死に体ではない、溌剌たる永遠の生命が宿るようだ。
久しぶりに耳にして思った。
ドビュッシーも、ラヴェルも、すごい音楽を生み出した。
そして、アルバン・ベルク四重奏団は最も理想的な名演奏を成し遂げた。
