
東京は急激に寒くなった。
それでも自然が調和に向かっていることを知るとき、この激しい寒暖差も意味あるところだと実感する。すべては人智を超える。
個人的に、リヒャルト・ワーグナーは、人間の思考を超える才能を持った芸術家だったのだと思う。あれほどの宇宙規模の音楽が、否、ムジークドラマ(楽劇)が創造されたことへの畏怖。後世への影響という意味でもこれほどの巨大な存在は、後にも先にもベートーヴェン以外にない。人類史上の奇蹟だとやっぱり僕は思う。
人間を殺生や肉食による栄養摂取へと駆り立てたのが、もともと飢餓だけだったに相違ないということ、しかしこのやむにやまれぬ事態が、北方における肉食が自己保存のための義務として定められていたと信ずる人びとが主張しているように、ただ単に寒冷な地方への移動によって生じたのでないということは、次のような明明白白の事実が示すところである。すなわち、十分に穀物を摂取できる大民族は、厳しい風土においてすらほとんど菜食だけで暮らしており、それによって活力や耐久力を失うことはないのだが、このことは、菜食をしているきわだって長寿に恵まれたロシアの農民たちを見れば分かることである。菜食を主にしている日本人についても、きわめて鋭敏な頭脳を持ちながら最高度に勇猛果敢であることがよく知られている。それゆえ、まったく異常な状況が考えられるのであって、これらの異常状況を通じて、たとえば北アジアの草原に追いやられたマレー人の諸部族の場合には、そうした状況のために飢餓が残忍な性情を作り出したのであり、これに関しては歴史が教えているとおり、血に飢えたような衝動は決して鎮まることを知らず、勇気どころか獰猛な破壊衝動を人間に吹き込むものなのである。こうした経緯は、森の王者にのし上がった猛獣と同じように、人間という猛獣もみずから平和な世界の支配者の座についたと考える以外にない。それ以前に起こった地球の造山運動がこうした結果を生んだのであって、この大変動に対する備えがなかった先史時代の人間は、完全に不意をつかれたのであった。しかし、現在では猛獣も逼塞しているし、支配者たる獰猛な人間も零落している。人間は自然に反した栄養摂取の結果、人間にしか見られない病気で衰え、天寿をまっとうすることもなければ穏やかな死を迎えることもなく、むしろ、人間のみが知る心身の苦患や苦難に苦しみながら虚しい生を送り、絶えず死の脅威におびえながら悶々とした日々を送るのである。
「宗教と芸術」(山地良造訳)(1880年)
~三光長治監修「ワーグナー著作集5 宗教と芸術」(第三文明社)P236-237
最晩年のワーグナーが行き着いた思想の真髄。
僕はまったくもってここにこそ人類救済の答があり、世界平和の大いなる鍵があると膝を打つ。
「指環」までの楽劇を世に送り出し、最後になった「パルジファル」を同時並行的に生み、そして次なる「勝利者」なのか何なのかを構想しつつ、一層の高みへと昇り詰めんとしたリヒャルト・ワーグナーの生は、ついにここで潰えるのであった。
楷書的ワーグナーの典型。
セルの明確な棒が、輪郭のはっきりした音楽を明るく描く。
いわゆる「毒」が解毒された状態のワーグナー音楽が、実に健康的に響く様子に、人類の堕落の原因を「肉食」としたワーグナーの慧眼を思い、心から感動を覚える僕がいる。
「神々の黄昏」終曲にこれほどの愉悦を感じたのはいつ以来だろう?
リヒャルト・ワーグナー、213回目の生誕日に。
セル指揮クリーヴランド管のワーグナー「指環」(ハイライト)ほか(1968.10録音)を聴いて思ふ

