
ハンス・ザックス没後450年なのだという。
リヒャルト・ワーグナーの真意は、いつの時代であれ、「ひとつの時代を生きる人間群像を浮き彫りにすること、そして、そこに注がれるイロニーに満ちた視線によって、愚かしいまでに「人間的な、あまりに人間的な」世界の素顔を暴き出すことであった」(池上純一)という。
間違いなくバイロイトの巨匠は知っていたことがわかる。
唯一の喜劇オペラの中で、彼はニュルンベルクをユートピアとして読み込んだ。
そして、そのユートピアはあくまで美化されたものであり、理想化されたマイスター芸術の桃源郷なのだと池上さんは論じる。
ハンス・クナッパーツブッシュの「迷妄のモノローグ」の素晴らしさに触発され、カール・ベームが1968年のバイロイト音楽祭で披露した「マイスタージンガー」を久しぶりに聴いて思った。
「モリエールの性格喜劇『人間嫌い』のアルセストのように、いかに個性的な人物が登場しようとも、コメディアの真の主役は、良くも悪くもこの浮き世(憂き世)をたくましく生き抜く人間たちの群像である」とする池上さんの言葉にぴったりの、たくましい人間群像の心理劇がここにあったのだと。1960年代後半という、世界が今以上に元気に見えた時代が、確かに虚構と真実の落差を隠された、一部の支配者のみがその事実を知り、ハンドルを握っていた恐るべき時代だったことを教えてくれる、生命力漲る名演奏、名舞台が繰り広げられる。
ザックスがユートピアの実現へ向けて突破口を切り開くうえで決定的な転回点となるのは、第3幕第1場の〈迷妄Wahnのモノローグ〉である。前夜の大騒動を振り返り、世界中が「どこもかしこも狂ってる! Überall Wahn!」という慨嘆の思いを深め、「これ(迷妄Wahn)なくしては~いかなる事象も起こり得ない」と達観するにいたったザックスは、さらにその悟りの底をぶち破るかのごとく思索のベクトルを反転させ、忽然と開眼する。「多少の侠気Wahnがなければ/どんな立派な企ても成就するはずがない」と。理性や常識や節度の埒を超え出るヴァーンこそがユートピアへの原動力であるという、どこか危うさをはらんだ洞察は、しかしながら必ずしもワーグナーの独創ではない。それはユートピアという概念が誕生した当初から、その奥に萌芽として懐胎されていたものである。
(池上純一「ユートピアの政治学」)
~日本ワーグナー協会監修 三宅幸夫/池上純一編訳「ワーグナー ニュルンベルクのマイスタージンガー」(白水社)P209
ここにも「煩悩即菩提」という、東洋思想に触発されたリヒャルト・ワーグナーの思考を垣間見ることができる(すなわち佛陀の生涯を題材にした「勝利者たち」へとつながるのである)。
ちなみに、トーマス・モアの創作たる「ユートピア」という言葉について池上さんは次のように付記する。
その『ユートピア』(1516)は、戦乱に明け暮れ、宗教的不寛容と道徳的退廃のはびこる修羅の巷を狂愚の女神moriaの独壇場に見立てた『愚神礼讃』(1509)の著者、デシデリウス・エラスムス(1466/69-1536)との精神的交流のなかから、いわば『愚神』の双子の姉妹として誕生した。
~同上書P209
人類はもはやその誕生のときから争いや諍いを自ら創出しており、その愚かさは、信仰や道徳を喪失した心からのものであり、現代の諸相は今に始まったことでないことをあらためて教えてくれる一節だ。
ワーグナーの本性は人類に警告を与える。
長尺の喜劇を、真正面から真剣に聴くのはなかなか体力と気力が要るものだが、一気に聴かせる全盛期のカール・ベームの棒が閃光を放つ。第1幕前奏曲から何と気概に満ち、明朗で、聴く者の期待をこれでもかと煽るものであることか!
前奏曲に続くコラールの神聖な響き。
物語の始まりは、ヴァルターとエーファの出逢いから。
会衆 かくして汝のもとに 救い主きたりて
すすんで 汝の洗礼を受け
犠牲の死に 見を捧げ
救いの道を 示したもう。
われら汝の洗礼により けがれをはらい
救い主の犠牲に ふさわしき身とならん。
同上書P9
聖なる響きと俗なる男女の恋を掛け合わせる、堕落した人類への「聖俗一致」ともいうべき始まりこそ、この楽劇の真髄を示すものであり、既にベームの棒はその両方を感化する戦慄に溢れている。(何という聴き応え十分の魔法であることか!)
ところで、(個人的には、第一幕冒頭と対であると思う)終幕、ザックスの最終演説は、ワーグナーが最後まで採用するか否か迷った個所らしいが、確かにナチスが都合の良いように解釈し、扱ったところから批判も多いと聞く。
ここでも池上純一さんの解釈が腑に落ちる。
ワーグナーはユートピアを追求した先に待ち受けるであろう、美しい夢では済まされないものの影を点描したのかもしれない。侠気の産物であるユートピアは、狂気への転落の危険をはらんでいる。この地上にユートピアを、という政治的スローガンを額面通り実行に移すことで阿鼻叫喚の地獄絵を現出した悲劇は、20世紀の歴史のなかで何度も繰り返された。
同上書P210
人間の企図を超えた自然の、宇宙の摂理につながらない限り、真の桃源郷の実現は不可能だ。
それにはどうしても「道」が必要だったが、ザックスの時代はもちろんのことワーグナーの時代にあっても叶わなかった。
(だからこそその夢を、その必要性を、ワーグナーは「再生論」で語ったのである。
最後の大団円に向け、一気にエネルギーを放出するベームの魔法はここでも健在。
終演後の聴衆の熱気がここまで伝わってくる。
演奏の音楽的な側面はまったく異なる評価を受けた。次から次へと讃美の歌が続き、指揮者と出演者への賞讃はほぼ満場一致だった。「美しいとはこういうものだ」。トーマス・マンが第3幕前奏曲について述べたこの言葉は、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の公演全体のモットーになり得ただろう。しかし、この公演は当初、不運に見舞われていた。ダーヴィト役を歌う予定だったテノール歌手、エルヴィン・ヴォールファールトが重病のため出演をキャンセルせざるを得なくなり(1968年11月末にわずか37歳で亡くなった)、ヘルミン・エッサーがその役を引き継いだ。ゲネプロの後、ザックス役の歌手ヴァルター・ベリーが神経衰弱を起こしたと伝えられ、危うく大事になりかけた。ベリーと交代で歌う予定だったテオ・アダムが、ほぼ一夜にして主役を演じることになった。指揮者カール・ベームに対する批評家の賞賛は満場一致で熱烈たるものだった。「音楽の精神を通してバイロイトを再確認した。カール・ベームがそれを可能にしたのだ。プレミエの終わりには雷鳴のような拍手が起こった」。ベームの解釈はほとんど熱狂的に賞賛され、すべてのリズムと拍子の関係が正しく、強弱のピークから最も静かなピアノへのあらゆる下降が巧みに処理され、音楽的なエネルギーが一切失われていないと評された。
(ペーター・エメリッヒ)
公演から58年後の今も、録音を通じてそのエネルギーを体験できることが貴重だ。
ベームの「マイスタージンガー」第1幕(1968Live)を聴いて思ふ
