
人口に膾炙した名曲で、その主題は、クラシック音楽愛好だけでなく、おそらく誰もが知るものだ。10代の頃は、様々な音盤で繰り返し聴いたものだが、もはや日常的に聴くことはない。
シゲティ&ワルターのベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲(1947.4.5録音)を聴いて思ふ
ミッシャ・エルマンのメンデルスゾーン&ラロ
ユーディ・メニューインが独奏を務めたフルトヴェングラー盤には、結局惹かれることなく、現在に至る。巷間言われるように、指揮者の巨大な伴奏に比して、独奏ヴァイオリンの線の細さとでもいうのか、今一つの魅力のなさに、フルトヴェングラー・フリークの僕も長らく避けてきた、ほとんどトレイに載せることなく見過ごしてきた。
その思いはやっぱり今も変わらない。
素人が独断で勝手な評を述べるのも良い加減にした方が良いのだが、それでも面白くない。
平板な、ただ美しい音楽が、淡々と奏される、正直そんな印象だ。
・メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64
ユーディ・メニューイン(ヴァイオリン)
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1952.5.25-26録音)
ベルリンはイエス・キリスト教会でのセッション録音。
フルトヴェングラーは、おそらくシカゴ交響楽団の招聘に関する諸々のトラブルの際に寄り添い、尽力をしてくれたことに対する借りを返さんとする思惑も心底にあったのではないかとさえ僕は思う。
残念ながら、今やお目にかかってお話することができなくなりました。しかし、近いうちにその機会を得たいと思います。今はただごく短い言葉で、貴殿のご支持に対して深い感謝の意を表したく思います。この一件を通じて精神的にもまた実際的にもまた親しく貴殿の示されたご援助は、なんぴとにもおよびがたいものであり、貴殿のこのご厚意は生涯忘れることがないでしょう。
シカゴから出そうと思っている声明は、私が契約を守ることができなくなったという内容のものです。
(1949年1月18日付、ユーディ・メニューイン宛)
~フランク・ティース編/仙北谷晃一訳「フルトヴェングラーの手紙」(白水社)P222
もちろんメニューインは神童として世に名を現したのだけれど、少なくとも彼の残した青年期及び壮年期の演奏に(個人的に)感動し、シンパシーを感じたことがないのは事実。
(もちろん実演に触れていないゆえメニューインの演奏に関して云々する資格は僕にはないのだが)
