
フランシス・プーランクの音楽の核心は、一つ歌曲にあると思うが、同様にピアノ作品にも、他にはない革新があり、純粋芸術、高踏芸術として、かなりの高みにあるものが多い。
いろいろと彼の歌曲を聴き漁りながらも、たった今、ピアノ曲に落ち着いているところだ。
ハッとさせられる瞬間あれば、ため息の出る瞬間もある。もちろんそれは、心を動かされてのこと。
1953年、音楽出版社リコルディの社長であるグィド・ヴァルカレンギに会い、そこで彼はベルナノスの「カルメル会修道女の対話」を示される。その後すぐ、プーランクは「カルメル会」の作曲に着手するのだが、その一方で委嘱により「2台のピアノのためのソナタ」を作曲する。これがまた最高に美しい作品なのだ。
明るく遊び心に満ちた《2台のピアノの協奏曲》とは対照的に、この《2台のピアノのソナタ》は、プーランク自身によれば「弦楽四重奏のような重さ」をもった作品で、決して軽快でも陽気でもなく、51年に2台のピアノのために書いた《シテール島への船出》とは対極の、悲痛な気分が漂っている。
~久野麗「プーランクを探して 20世紀パリの洒脱な巨匠」(春秋社)P281-282
楽想を、音調を自由に操ることのできる、しかもそれが革新的であり、同時に大衆性をも獲得することのできた真の天才がフランシス・プーランクだった。
兎にも角にも「2台のピアノのためのソナタ」の悲痛さ、それによる神秘的な美しさに僕は感動する。繰り返し聴くことが大切だ。
1952年の秋から53年の春にかけて作曲された2台のピアノのためのソナタは、豊かさと均衡に満ちる傑作だ。献呈先のアーサー・ゴールドとロバート・フィッツデールへの手紙の中で、プーランクはソナタについて次のように書いている。
「第1楽章は古典的なソナタの楽章としてではなく、文字通りプロローグとして構想されました。第2主題の「アニメ」は、中心となるエピソードを形成するハ長調の旋律「エクストレムマン・レント」の抒情性を際立たせるための単なるリズム進行です。また、第2楽章アレグロ・モルトはスケルツォであり、その主たる魅力は中間のエピソード「エクストラオルディネールマン・ペイジブル」にあります。そして、エピローグは厳密にはフィナーレではなく、新たな主題に先行して、他の3つの楽章の再現となっています」
ちなみに、第3楽章アンダンテの説明にはより深い洞察が示されている。
「プロローグ、アレグロ・モルト、そしてエピローグに挟まれたこのアンダンテは、私にとって作品のまさに核心です。もはや2台のピアノのための協奏曲のアンダンテのように、壁に掛けられたモーツァルトの肖像画の前での詩的な遊びではなく、深遠かつ抒情的な感情のほとばしりです。私は、合唱曲の作曲からインスピレーションを得ることもあり、アンダンテの最後の小節のユニゾン・バスのように、随所で線の純粋さを追求しようと試みました」
(ジャン・ロイ)
全集を手にして思うのは、初めて聴く作品があること。
当然なのだが、どんなに年月をかけて様々な音楽を聴き続けてきたとしても、既聴のものは世界の音楽のほんのわずかな一部にしか過ぎないということ。そんな中で、縁あって出会う音楽とは何と貴重で、いかに僕たちを幸せの境地に誘ってくれることかとつくづく思う。
ちなみに、「フランス組曲」FP80も僕にとってお初の曲だった。
何と美しく、そして、何と心に染み入るチェロの音であることか。
1935年に作曲された「フランス組曲」には、ピアノ版、チェンバロ版、小編成オーケストラ版、チェロとピアノ版など、いくつかのバージョンが存在する。ピエール・フルニエは1949年にチェロ・ソナタの初演を行なった。プーランクは1953年にこのチェリスト(プーランクは彼を「私の天使のようなチェリスト」と呼んだ)と共にイタリアで演奏旅行を行い、この楽旅のために「フランス組曲」のチェロとピアノ版を作曲した。
(ジャン・ロイ)
メロディストたるプーランクの真骨頂!
