クレンペラー指揮フィルハーモニア管 R.シュトラウス 交響詩「死と変容」作品24(1961.10&11録音)ほか

1891年秋、マーラーは自分の作品のうちの一つをピアノでビュローに聞かせる機会に恵まれた。マーラーは、当時まだ未完成のハ短調シンフォニーの第1楽章を選んで、聞かせたのであった。弾きながら、マーラーが目を上げてみると、ビュローは両耳を塞いでいた。
この体験—ながいこと育んできた希望の挫折—をマーラーはいく度となく、会話のなかで、手紙のなかで、描いてみせた。

ヘルタ・ブラウコップ編著/塚越敏訳「マーラーとシュトラウスある世紀末の対話―往復書簡集1888-1911」(音楽之友社)P208-209

クレンペラー指揮フィルハーモニア管 マーラー 交響曲第2番「復活」(1961.11&62.3録音)

若き日のこういう経験は生涯にわたってその人の「意識」に影響を与えるものだ。シュトラウス宛の手紙には次のようにある。

1週間まえ、ビュローは危うく息を引き取るところだったのだ。ぼくがその総譜のうちの一部を演奏して聞かせてあげていたときだったよ。
きみは、こんなことを体験した覚えはないだろうし、ぼくの作品が信頼されなくなり始めているなんて、理解できないだろうね。
なんとも、まあ、ぼくの作品なんかなくたって、世界の歴史は、どんどん前進していくのさ!
心からの挨拶をおくる、いつもきみの誠実な

                                       グスタフ・マーラー

きみの『ドン・ファン』と『死と変容』とを見せてもらえないだろうかね?
~同上書P11-12

同時期に作曲、そして初演されたシュトラウスの交響詩に比較して、自身の交響曲(第2番)を揶揄するマーラーのシュトラウス宛書簡は、ある意味本音であり、当時のシュトラウスとマーラーの仲の良さを証明するものだ。

オットー・クレンペラーは晩年、少年の頃、母に連れていってもらって聴いた「死と変容」に感銘を受けたと語っているが、二人の大作曲家のこのやりとりから10年近くを経過してのことだった。

それから15歳の頃、母はわたしを、シュトラウスの『死と浄化』がハンブルクではじめて演奏されるコンサートにつれていってくれました。それはわたしに強烈な印象を与えました。オーケストラの響き、全体の構成—わたしはこの作品を素晴らしいと思いました。
ピーター・ヘイワース編/佐藤章訳「クレンペラーとの対話」(白水社)P28

原体験は生涯にわたってその人に影響を及ぼすものだ。
クレンペラーはまた、マーラーの音楽についての若き日の体験についても語っているが、彼の審美眼というのは並大抵ではなかったことが、こういうところからもわかる。

なかでも、ポツダム広場に近いもとのキュンストラーハウスで、ヨハネス・メッシェルトがマーラー自身の伴奏でマーラーの歌曲だけのプログラムを歌ったコンサートをよく憶えています。メッシェルトは大きな声ではありませんでしたが、非常に表情豊かでした。彼はほんとうに、ほかならぬ声楽のヨーゼフ・ヨーアヒムでした。バッハのカンタータにおける彼の歌唱は筆舌には尽くしがたいものでした。しかしこのコンサートのときは会場は半ば空席でした。それは1906年のことで、人びとはまだマーラーとは何者かを知らなかったのです。人びとはマーラーをウィーンから来たということしか知らなかった。当時、ウィーンはたいへん遠いところだったのです。
~同上書P33-34

ルートヴィヒ ベリー バーンスタイン マーラー 少年の魔法の角笛(1968.4.24Live)

情報がこれだけ氾濫する時代にあって、到底信じ難いことだが、(幸か不幸か)1世紀余り前はそんなものだったのである。

クレンペラーのシュトラウスを聴いた。

リヒャルト・シュトラウス:
・交響詩「ドン・ファン」作品20(1960.3.9-10録音)
・交響詩「死と変容」作品24(1961.10.23&11.13録音)
・楽劇「サロメ」作品54から7つのヴェールの踊り(1960.3.5録音)
・交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」作品28(1960.3.9-10録音)
オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団

15歳のオットー少年が「死と変容」にどれほどの衝撃を受けたのか、あるいはシュトラウスの音楽にどれほど魅入られたのか、そのことはこの録音を聴けばよくわかる。身体に染みついた感動が、まさに音となって僕たちの眼前に姿を現す、そんな印象なのである。

内側から火を噴く(?)「ドン・ファン」の力強さ。

そして、文字通り「変容(あるいは浄化)」を見事に描写したクレンペラー指揮の「死と変容」は、シュトラウスの巨大な音響を完璧にとらえており、「死」というより生命力漲る、あまりに有機的な音楽にのけぞるくらい。(クライマックスに向けての歓喜?に言葉がない)(この曲はマーラーの「復活」とほぼ同じタイミングで録音されている)

クレンペラーのリヒャルト・シュトラウスを聴いて思ふ クレンペラーのリヒャルト・シュトラウスを聴いて思ふ クレンペラーのワーグナー&R.シュトラウスを聴いて思ふ クレンペラーのワーグナー&R.シュトラウスを聴いて思ふ

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