
カール・シューリヒト。
あらためてその晩年の演奏を繰り返し聴いている。一言でいえば、自然体で、奇を衒わない、純粋無垢な枯淡の境地を表す、名演奏揃い。
シューリヒトがイギリスで初めて指揮したロイヤル・フェスティバル・ホールに戻ってくることができたのは、その10年後、1963年のことである。彼はこの「初恋の場所」ともいえる会場に戻ってきた。しかし、彼とともに舞台にいるのはロンドン交響楽団であった。
「シューリヒトが指揮したのは、ヴェーバーの《オーベロン》序曲、モーツァルトの交響曲第40番、ブラームスの交響曲第4番であった。その演奏はマンネリズムに陥ることなく、威厳を感じさせるものであった。テンポが走り過ぎることもなく、明確なリズムを刻んでいく。大げさな感情に振り回されることなく、ブラームスの音楽が、燃えあがる指揮によって解き放たれた。プリズムを透したような色彩が瞬くように、オーケストラは演奏したのである。これこそまさにオーケストラであり、指揮者というものである。演奏会が終わるとさらに大きな喝采を送るべく、聴衆は総立ちとなった」。
~ミシェル・シェヴィ著/扇田慎平・塚本由理子・佐藤正樹訳「大指揮者カール・シューリヒト―生涯と芸術」(アルファベータ)P219-220
このときの演奏ではないが、その2年前ミュンヘンで録音した南ドイツ放送交響楽団とのものが心底素晴らしい。ロンドンで評されたものと同様の、淡々としながら威厳に満ち、音楽が解き放たれる様子を実感できる名盤だと言える。
ライヴならばもっと熱狂的な解放が聴けるのだろうが、セッション録音においてもこの時期のシューリヒトの演奏はいずれも絶品だ。
特に、第4交響曲は生命力に溢れる、闊達な表現で、流れるように音楽が進んでいく様子に感激も一入。様々な指揮者の演奏で繰り返し聴いてきた音楽が、こんなにも新鮮に響くところが、まさにマンネリズムに陥らない、一期一会の演奏だからだろう。
楽章を追う毎にその精神はブラームスと一体化し、例えば第3楽章スケルツォの歓喜から終楽章パッサカリア(アレグロ・エネルギーコ・エ・パッショナート)の「温故知新」的懐かしさと革新は、シューリヒト芸術の総決算と言っても言い過ぎではないくらい。
(何より第24変奏以降の驚異的な音楽は人後に落ちない)
また、悲劇的序曲の、クナッパーツブッシュのそれとはまた違う、けた外れの表現に舌を巻く。何という推進力! 内側に燃え盛る炎に焼け焦げそうになるほど。
自分自身を信じなさい! そして、1年後の「ハイドン変奏曲」は、一層枯淡を示す。
ただし、音楽はいつになく雄弁だ。何より終曲パッサカリアの壮大さ、華麗さは御年82歳の老巨匠によるものとは思えない若々しさ、瑞々しさ。
シューリヒト指揮バイエルン放送響のブラームス交響曲第4番(1961.9録音)ほかを聴いて思ふ 完全無欠のカール・シューリヒト!
(こういう録音を残してくれたコンサート・ホール・ソサエティに感謝)
