
宮沢賢治が、ハンス・プフィッツナー指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団によるベートーヴェンの「田園」交響曲を愛聴していたことは以前も書いた。
1930年に録音されたこの演奏は、フルトヴェングラーの方法に近いものだと僕は想像するが、彼が根っからのロマンティストであったことは、プフィッツナーが創造した数多の作品を聴けば明らかだ。
自然を愛し、信仰心篤かった宮沢賢治の深層には、やはり本当の自分自身、すなわち命そのものを自覚していたのだろうと思われる節がある。「動物の命を取るくらいなら死んだ方がましだ」という晩年の言葉は、まさに彼の内なる慈心を顕している。
賢治は、プフィッツナーの作品は聴いたことがなかったのではないか?
あくまで彼はベートーヴェンの音楽を愛したのだろう。
プフィッツナーのあり方、生き様と、賢治の生き方とは大きな乖離があるからだ。
浪漫満ちる、粘着質の(?)、美しい音楽にあるのはエロスであり、賢治が亡くなるまで性欲を戒め、生涯独身を貫いた姿勢と正反対のものだ。
プフィッツナーの「英雄」 ただし、そうは言っても、今、あらためて耳にするハンス・プフィッツナーの音楽は美しい。
そもそも音楽とは、エロスであり、またタナトスの発露であろうゆえ、感情を鼓舞する、心を揺すぶるものであるに違いなかろう。
ハンス・プフィッツナーを聴いた。
・プフィッツナー:小交響曲ト長調作品44(1939)
ヘルマン・アーベントロート指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(1945.2.26録音)
第1楽章モデラートの、鬱蒼たる雰囲気を醸す音調は純ドイツ風。いかにもフルトヴェングラーが好みそうな音楽を、アーベントロートは楽譜に準じて淡々と歌う。
続く第2楽章アレグロの軽快さ。
そして、第3楽章アダージョからアタッカで終楽章アレグレットに移行する、その瞬間の、暗から明へといういかにもベートーヴェン的手法を採用した音楽の素晴らしさ。20分余りの短い時間の中で、簡潔に「心が歌われる」名曲だと思う。
ちなみに、アーベントロートの方法は、ドイツ正統派の保守的なもの。
感動的である。
「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」
いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。
ジョバンニは、
(ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。
「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。
「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。
「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。
俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。
「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。
そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。
(七、北十字とプリオシン海岸)
~宮沢賢治「新編 銀河鉄道の夜」(新潮文庫)
プフィッツナーもアーベントロートも死因は脳卒中。
ちなみに、初演は、1939年11月17日、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルによる。
