「海の絵」作品37から第3曲「海上での安息日の朝」。
静謐ながら官能の音調に満たされる佳曲。ジャネット・ベイカーの深みのある、また温かみのある歌唱が音楽に一層の箔をつける。ここでは「マイスタージンガー」の谺が聞こえる。
我を愛せ、愛しき友らよ、この安息の日に
(エリザベス・バレット・ブラウニング)
俗世で、まして海の上で迎える安息日に、宗教という枠を超えた信仰を表わすブラウニングの赤裸々な祈りの言葉にエルガーは感化されたのか。そして、若き日に幾度かバイロイト音楽祭を詣で、衝撃を受けた彼の、とっておきの歌がここにある。
1892年にバイロイトを訪れたエルガーは、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」、「トリスタンとイゾルデ」のほか、「パルジファル」を2回みている。舞台鑑賞にさきだって、エルガーは事前にヴァーグナーのスコアを手に入れ、これを研究したうえで演奏を聞いているのだ。また翌1893年にもふたたびバイロイトを訪れ、このときは「ニーベルングの指環」、「タンホイザー」、「トリスタンとイゾルデ」をみた。さらに翌年の1894年もバイロイトを訪れ、「神々の黄昏」、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」をみている。さらに「ゲロンティアスの夢」の初演後、1902年にもまたエルガーはバイロイトに詣でて、今後は自作のオラトリオ「使徒たち」のためのインスピレーションを模索している。この年、彼は「ニーベルングの指環」の最初の3作「ラインの黄金」、「ワルキューレ」、「ジークフリート」と「パルジファル」をみている。
~秋岡陽「E.エルガーのオラトリオ作品研究:《ゲロンティアスの夢》《使徒たち》《神の国》(付・歌詞対訳)」P6
大変なはまりようだ。
逆に言うならリヒャルト・ワーグナーの、当時のワールドワイドな影響力は甚大だったということだろう。本人が意識してか、あるいはそうでないのか、先の歌にある「マイスタージンガー」の音調が、いかにもエルガーの音楽として昇華されている点が興味深い。
そして、言わずと知れた傑作の名盤。若くして病に倒れたジャクリーヌ・デュ・プレの、いわば鬼神の乗り移った、劇的な演奏が、冒頭アダージョのカデンツァから激しくうねる。
この哀感を帯びた美しい主題が、何と心に迫ることか。60年近くの時を経ても錆びれることのない、奇蹟の演奏と言っても過言でなかろう。
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