カラヤンの「ツァラトゥストラ」SACD

ここ2,3ヶ月で何もかもが吹っ切れ、すっきりしたような感じ。心身は軽くなったし、それに何と言っても睡眠時間が以前より短くて済むようになった。夜明けとともに、いや夜明け前から早々と目覚め、静寂の中ぼーっと新聞を読みながら過ごす小1時間は至高のリラックスタイムで、まさに「いまここ」という瞬間が体感できる。それと、瞑想の効果をより上げるためになるべく嗜好品は摂らない方が良いと聞き、少なくとも独りの晩酌は止め、コーヒー類も一旦シャットアウトしている。お蔭で溜まっている悪いものが外に出て、身体がきれいになってゆく感じ。

頭を明晰にした状態で本を読んだり音楽を聴くと、そうでない時と比べて確かにキャッチする能力、感度が上がる。昨日のリヒャルト・シュトラウスの音楽に刺激され、何ヶ月か前に仕入れたカラヤンの最初の「ツァラトゥストラ」他のシングルレイヤーSACDを聴きたくなった。そう、冒頭部分がスタンリー・キューブリックの映画「2001年宇宙の旅」のテーマに使用されたあの音源である(2年ほど前、「早わかりクラシック音楽講座」でシュトラウスを題材にした際、このブログ上でも何度か件の映画を話題にし、一般的にはベーム&ベルリン・フィル盤だと信じられていたものが実際はカラヤン&ウィーン・フィル盤だったことをいくつかの文献から突き止めた時は感激した)。

リヒャルト・シュトラウス:
・交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」作品30
・交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」作品28
・楽劇「サロメ」作品54から7つのヴェールの踊り
・交響詩「ドン・ファン」作品20
ウィリー・ボスコフスキー(ヴァイオリン・ソロ)
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

音の質感の柔らかさと鮮明さ、そして重量感はシングルレイヤーSACDならでは。そして、肝心の演奏は空前絶後。後の2種のベルリン盤と明らかに違うのは指揮者とオーケストラの「意志のバランス」がとれている点だろうか。そう、力関係が見事に均等なのである。このあたりはコンマスのボスコフスキーの力量に依るのかな・・・(いかにもウィーン訛りのヴァイオリン・ソロがまた素敵)。
付録の楽曲も見事。やっぱりカラヤンのシュトラウスは最高!(少なくとも僕にとっては)

ところで、仕事柄首都圏の様々な大学を訪れるが、学生の雰囲気、質は実に色々で、冷静に観察してみるとなかなか面白い。そもそもまるで小学生か中学生を扱うように先生や職員が手取り足取り説明し、行動を促す学校もあれば、基本的に学生の自主性に任せ、先生がほとんど世話を焼かないという学校もある。特に、就職対策を前提にした場合、後者の教育方針が当然理想だと思うけれど、大学全入時代の昨今、大学生の基礎的能力を考慮するとなかなかそううまくはいかない部分もあるのだろう。大学側の観点に立てば生き延びてゆくのにともかく人を入れないといけない。推薦やOA入試という手段をとらざるを得ない事情もわかるが、やっぱり学力をきちんと試験して入学を許可するというシステムは大事だと思う。
藤沢からの帰路、週刊東洋経済10月22日号「本当に強い大学」を読みながら考えた・・・。


4 COMMENTS

雅之

おはようございます。

ニーチェ「ツァラトゥストラはかく語りき」の「永劫回帰」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E5%8A%AB%E5%9B%9E%E5%B8%B0
についてですが、宇宙そのものが永劫回帰している可能性も充分あるんですよね(数百億年、数兆年の時間軸で見たら、歴史が繰り返されている可能性もゼロではない)。
そうなると、「輪廻」を信じている人、信じていない人との思想とも矛盾しないんですよね。

「永遠」とは、深遠なテーマですね。

Johann Strauß II – Perpetuum mobile

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岡本 浩和

>雅之様
こんばんは。
おっしゃるとおりですね。
人間が生み出したどんな思想も思考も根底では実はつながっているということですね。
「永遠」とは深遠です。

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