何という拡がり!!

スクリャービンやラフマニノフ、あるいはプロコフィエフやメトネルら錚々たる大作曲家を弟子に持つセルゲイ・タネーエフについては勉強不足であまりよく知らない。
それでも、時に耳にする室内楽などは人後に落ちない名曲揃いで、いかにも後期ロマン派風の作風とロシアの大地を思わせる雰囲気が折衷されているようなところが見逃せない。世間ではロシアのブラームスと評されることが多いようだが、僕にはブラームスというよりガブリエル・フォーレに近いように感じられる。
フォーレの音楽の根底には、甘く美しい旋律と並行して敬虔な信仰心が流れるが、タネーエフの作品にも同様のものが感じ取れるのだ。ロシアの作曲家にとっていわゆる正教は創作上の指針になっていることは間違いないと思うのだが、セルゲイ・タネーエフにとっては特にその志向が強かったのでは、と思わせる個所が音楽を聴いていて頻出する(伝記も何も文献を読んだことがないので、彼の生涯については知らないので勝手な解釈に過ぎないのだけれど)。

タネーエフ:ピアノ五重奏曲ト短調作品30
スタファン・シェイア(ピアノ)
クリスチャン・ボー(ヴァイオリン)
パウル・ローゼンタール(ヴァイオリン)
ライナー・モーク(ヴィオラ)
ナタニエル・ローゼン(チェロ)

この音楽を聴きながらふと思い出した詩。

『嘆き』
おお 何とすべてのものが遠く
そして永い以前に過ぎ去ってしまっていることか
今 その輝きを私が受けている星は
数千年このかた
死んでいることを私は信じる。
今過ぎて行った小舟の中で
何か心配なことが話されていたのを
私は聴いたように思う。
家の中で
時計が鳴った・・・
どの家だろう?
私は自分の心の中から出て
大きな空の下に立ちたい。
祈りたい。
すべての星のうち どれか一つは
今もほんとうに在るに違いない。
どの星が今も
孤独に生きながらえているかが
私に判るような気がする、
その星は 光の筋の向うの端の
白い都のように 空に出ている・・・
ライナー・マリア・リルケ詩集(片山敏彦訳)

何というイマジネーション!!
何という拡がり!!
ところで、今年の「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」では5月5日にタネーエフの「前奏曲とフーガ」がメトネルやムソルグスキーの作品とあわせて演奏されるコンサートが唯一あるが、こちらも手配が遅れてチケットが確保できず。残念無念、涙を飲むしかない。


4 COMMENTS

雅之

おはようございます。

「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」は、東京に単身赴任で住んでいた時も毎年帰省している時期で、大変盛り上がって話題になっているのは知っていましたが、まったくご縁がありませんでした(岡本さんも東京におられながら、昨年までほとんど話題にしてこられませんでしたね・・・笑)。

今年はロシアの作曲家がテーマということですが、参加される前に、『チャイコフスキーがなぜか好き』(亀山郁夫 著 PHP新書)を一読しておかれることをオススメします(1時間以内くらいでざっと斜めに読める本です)。

私がこの本を買う気になったのは「週刊文春」で紹介記事に出会ったからです(週刊文春は昔から近田春夫の『考えるヒット』という連載がとても面白くて、毎号読んでおり、この記事もサイトではなく週刊誌で読んだ)。

・・・・・・著者は語る 文春図書館
ロシア音楽の精神性を解き明かす大興奮の一冊

「チャイコフスキーの音楽は、原始的な耳を持つ子供の身体的欲求に、唯一無媒介で入っていける音楽だと思う。人は自立していくにつれて耳が批評的になり、古典派のベートーベンなどを聴くようになります。でも、ひとりの人間の音楽の受容の歴史のなかで、生命そのものの全的な体験をさせてくれるのはチャイコフスキーならではの圧倒的な力だと思う」

 ミリオンセラーとなった『カラマーゾフの兄弟』の新訳で知られるロシア文学者の亀山郁夫さんが、ロシア音楽を巡る初の著作を上梓した。チャイコフスキー、ムソルグスキー、ラフマニノフ、プロコフィエフ……19世紀後半から20世紀の巨匠達の根源に迫った。

「ロシアの作曲家達には、人間を丸ごと包み込むようなメロディ、全体性への志向が強くあります。それは長い間ロシア正教が培ってきた『全一性』――ある霊的な共同体のなかにあって自己が消えた瞬間に初めて個は確立するというメンタリティが深く関係しています。それは教会を出て独りになった時を『個』として捉える、ヨーロッパの合理主義とは対照的です。個の自立を阻む全体的な力への肯定がロシア芸術全般を形作っているんですね」

 そんな雄大な音楽性のなかに宿るロシア音楽ならではの「熱狂」――その歴史的ルーツの一つは17世紀、ロシア正教を二分した「教会分裂」にあるという。

「プロコフィエフのオペラ『炎の天使』のテーマそのものですが、ロシア正教を悪とみなした分離派の人々は非常に過激な精神性をもっていて、例えば1699年には悪魔がくるといって、2000人もの信者が焼身自殺をしている。ロシアのキリスト教はもともと異教的なものを内包した二重信仰ですが、破門されて街を出た分離派が逃れた森はスラブ異教の八百万(やおよろず)の神の世界。苦行によって激しい神との一体感を求めた人々の精神性が実はロシア革命まで繋がってくるんです」

 激しく神を希求する人々が革命で神の世界を実現しようとテロリズムへと転じていく矛盾――それはドストエフスキーが深く追求したテーマでもあった。歴史と密着したロシア音楽は、自分なりの文化史的な読み込みをしないと本質を理解できないと亀山さんは語る。

震災後、熱狂と対をなすロシア音楽のもう一つの本質を、再発見した。

「ノスタルジーこそ生命の感覚そのもの。故郷をしのぶ感覚は永遠を求めるそれと近い」

文 「週刊文春」編集部・・・・・・
http://shukan.bunshun.jp/articles/-/1221

>僕にはブラームスというよりガブリエル・フォーレに近いように感じられる。

私はタネーエフの交響曲などを聴いた少ない経験で言うと、フランクに近いと感じていました。ご紹介の彼のピアノ五重奏曲はFMラジオで聴いた記憶はありますが、今明確に思い出せません。

返信する
岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
そうですね。ラ・フォル・ジュルネに関しては僕も5年前に行ったきり完全に無視してまいりました(笑)。
とてもリーズナブルな価格でいろいろと楽しめるのですが、やっぱり会場の雰囲気とかいろいろ考え過ぎていたんでしょうね。それにGWは他にいろいろと誘惑がありましたから(笑)。

今年はロシアがテーマということで、ショスタコにずっとはまった勢いで行きますけれど。
ご紹介の亀山氏の著作は発売されたときに書店で斜め読みしてそのままになっております。
了解しました。
コンサート前に読みたいと思います。それにしても「文春」の紹介記事はとても興味深いですね。

>フランクに近いと感じていました。
なるほど、僕はシンフォニーは未聴です。
管弦楽曲を聴いてみると意外にフランクというのもあるかもしれませんね。
タネーエフやそれ以前のロシア音楽などまだまだ面白いものはたくさんあるように思います。

本日もありがとうございます。

返信する
雅之

>亀山氏の著作は発売されたときに書店で斜め読みしてそのままになっております。

ああ、それだったら別に改めて読む必要はないと思います(このへん超いい加減・・・笑)。宗教と善悪、殺戮やテロとの関係をも考えてみたかったもので・・・。

・・・・・・「君は黙ってるが僕のいう事を信じないね。たしかに信じない顔つきをしている。そんなら僕が説明してやろう。君は露西亜(ロシア)の小説を読んだろう」
 露西亜の小説を一冊も読んだ事のない津田はやはり何とも云わなかった。
「露西亜の小説、ことにドストエヴスキの小説を読んだものは必ず知ってるはずだ。いかに人間が下賤(げせん)であろうとも、またいかに無教育であろうとも、時としてその人の口から、涙がこぼれるほどありがたい、そうして少しも取り繕(つくろ)わない、至純至精の感情が、泉のように流れ出して来る事を誰でも知ってるはずだ。君はあれを虚偽と思うか」
「僕はドストエヴスキを読んだ事がないから知らないよ」
「先生に訊(き)くと、先生はありゃ嘘(うそ)だと云うんだ。あんな高尚な情操をわざと下劣な器(うつわ)に盛って、感傷的に読者を刺戟(しげき)する策略に過ぎない、つまりドストエヴスキがあたったために、多くの模倣者が続出して、むやみに安っぽくしてしまった一種の芸術的技巧に過ぎないというんだ。しかし僕はそうは思わない。先生からそんな事を聞くと腹が立つ。先生にドストエヴスキは解らない。いくら年齢(とし)を取ったって、先生は書物の上で年齢を取っただけだ。いくら若かろうが僕は……」
 小林の言葉はだんだん逼(せま)って来た。しまいに彼は感慨に堪(た)えんという顔をして、涙をぽたぽた卓布(テーブルクロース)の上に落した。・・・・・・夏目漱石 『明暗』 三十五より

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岡本 浩和

>雅之様
いや、この際しっかり読んでみます。
「明暗」のご紹介部分は、確か津田と小林が場末の酒場でやり取りする部分ですよね。
先日から電車の中で少しずつ読んでいて、気になった個所だったので記憶にあります(記憶違いかもしれませんが・・・笑)。

ロシアというのはやっぱり内側に様々な矛盾を孕んでいるということですかね。
革命がおこったのも表と裏とのギャップが大き過ぎたことがひとつの原因のようにも思えます。
チャイコフスキーが第5交響曲を内心では否定したにもかかわらず、効果的に作ったというのも何だか同じような精神性のようにも思われますし。

返信する

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