パレイのバラキレフ ソナタ第1番ほか(1992録音)を聴いて思ふ

島は深い沈黙の中に眠つてゐる。海も死んでゐるかと思はれるやうに眠つてゐる。秘密な有力者が強い臂を揮つて、この怪しげな形をした黒い岩を、天から海へ投げ落して、その岩の中に潜んでゐた性命を、その時殺してしまつたのである。
マクシム・ゴーリキー/森林太郎訳「センツアマニ」

保守的な、浪漫薫る音調。
ミリイ・バラキレフの音楽は実に親しみやすい。
チャイコフスキーが、いわゆる五人組で最も評価していたのがバラキレフだった。

このグループでいちばん偉大な人物はバラーキレフです。しかし彼は寡作で、本当にわずかしか作曲していません。彼には巨大な才能がありますが、ある宿命的な事情の結果それが朽ち果てて、長い間完全な不信心を鼻に掛けていたのに、篤信家になってしまいました。彼は現在教会から一歩も出ず、斎戒沐浴して神の加護を祈るだけです。偉大な才能にも係わらず、彼は多くの害悪を流しました。
(1877年12月24日付、フォン・メック夫人宛手紙)
森田稔著「ロシア音楽の魅力―グリンカ・ムソルグスキー・チャイコフスキー」(東洋書店)P200

10代のバラキレフの、ショパンやシューマンや、同時代の先達の影響を受けたであろうソナタの孤独な美しさ。終楽章アンダンテは、ほとんど独白のような内省的音楽だ。あるいは、62歳の時のト長調のソナティナの(タイトル通り素朴で)可憐な響き。音楽は時に沈潜し、時に弾け、その音色は常に優しい。何という自由な飛翔が読み取れることか。

ミリイ・バラキレフ:ピアノ作品全集
・ピアノ・ソナタ第1番変ロ短調作品5(1855-56)
・ソナティナ(素描)(1909)
・ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調(1900-05)
アレクサンダー・パレイ(ピアノ)(1992録音)

ソナタ第2番変ロ短調第2楽章マズルカ―モデラートには、青年期のショパンにも似た、健全な踊りが在るが、そこにはまた得も言われぬ色香が刻印される。また、第3楽章間奏曲―ラルゲットの呼吸の深い美しい旋律にため息が出るほど。そして、いかにも即興風の終楽章アレグロ・ノン・トロッポ・マ・コン・フオーコは、音楽が揺れ、特にここでのパレイの情感こもるピアノは見事といえる。

抑圧された暗さ。
ロシア音楽に内在する最たる性質はそれだろう。
何だかとても心に沁みる。

まろうどはふとふりむいて、風にゆれさわぐ樫の高みが、さあーっと退いてゆく際に、眩ゆくのぞかれるまっ白な空をながめた、なぜともしれぬいらだたしい不安に胸がせまって。「死」にとなりあわせのようにまろうどは感じたかもしれない、生がきわまって独楽の澄むような静謐、いわば死に似た静謐ととなりあわせに。
「花ざかりの森」
三島由紀夫「花ざかりの森・憂国」(新潮文庫)P56-57

とても16歳が書いたものとは思えぬ大人びた文章の内奥に怖れや不安や、三島らしい弱さが垣間見えるが、それはバラキレフの音楽にも通じるところだ。

 

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