グリモーのブラームス「ピアノ協奏曲集」を聴いて思ふ

brahms_1_2_grimaud_nelsonsブラームスのピアノ協奏曲は録音でも実演でもどちらかというとこれまで男性ピアニストの演奏で親しんできた。あの、超絶技巧といかにも体力を要する音楽はやっぱり女性では無理なのじゃないかという先入観もあった。しかし、これらの作品はクララ・シューマンが演奏するという前提で書かれているはずだから、僕の勝手なイメージもおかしいと言えばおかしい。

このところのエレーヌ・グリモーは一皮も二皮も剥けたよう。つい先日リリースされたブラームスの協奏曲集を聴いて一層そう感じた。第1番はライブ、そして第2番はスタジオ録音。しかもオーケストラも会場も異なり、条件は違うのだけれど、2つを聴いて明らかに彼女がイニシアティブをとった演奏だと直感した。いかにも重厚で余裕に満ちたテンポ感。言い方が正しいかどうかわからないけれど、いよいよ巨匠としての道を歩み始めたという感。何よりこだわりがある。そして、そのこだわりに関しては一歩も譲らないという強固なアイデンティティ。

ちょっと前のクラウディオ・アバドとのモーツァルトの協奏曲録音時の舞台裏のエピソードを思い出した。フェルッチョ・ブゾーニのカデンツァを使おうとしたエレーヌに、クラウディオが待ったをかけ、それに抵抗したエレーヌが一般的なモーツァルト版で録音したものの結局お蔵入りさせ、あらたに自身の弾き振りで録音し直したという件。

そんな人の、満を持して録音したコンチェルトが悪かろうはずがない。第1番は若い頃に録音しているが(もちろんこちらも名演奏)、ブラームス自身が「クララの柔和な肖像だ」と称したアダージョ楽章などますます深みを増し、祈りに満ち、しかもそれがとても抑制された音で奏でられている点が堪らない。もちろんそれに合わせるかのようにオーケストラも決して咆えない。さらに、ロンド楽章。コーダの大らかで愉悦に満ちた大団円。

ブラームス:
・ピアノ協奏曲第1番ニ短調作品15(2012.4Live)
・ピアノ協奏曲第2番変ロ長調作品83(2012.11録音)
エレーヌ・グリモー(ピアノ)
アンドリス・ネルソンス指揮バイエルン放送交響楽団、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

さて、変ロ長調の方。一言、この4月にテレビで観たN響との演奏以上に堂に入る。少なくとも指揮者との相性は良いのだろう。かつてバックを務めたクルト・ザンデルリンクの鷹揚な音楽に巧く乗っかりながら自身を披露するという方法でグリモーは音楽を表現した。そして、今回のネルソンスとのものでは、逆に自身がすべてを統制しつつ、決して独裁的にならず、オーケストラと調和して音楽を進めてゆくという余裕がある。注目すべきは同じく緩徐楽章。こんなにも優しい、そして憧れに満ちた表現が他にあろうか・・・。何よりピアノと管弦楽との緻密な対話が、クララとブラームスとの愛に満ちたそれを髣髴とさせるようで涙もの。

異様な集中力と体力、そして技術力を要する作品83をあえてスタジオ録音にしたのは正解。もちろんライブでの息つかせぬ緊張感を伴っての演奏も素晴らしいが、実にこの安定感が音楽に一層の華をもたせるのだ。
欲を言うならば、まとまり過ぎているというのが難点。ライブ的な瑕がなく、火花散るパフォーマンスも見られず、そう何度も聴きたいと思わせる音盤ではないかも。それと、できれば映像が欲しい。同時収録されていないのだろうか。

 


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8 COMMENTS

Judy

このブログのお陰で今年の2月にGrimaudの存在を知ってからは刻々と変化していく彼女の素晴らしさに圧倒されています。岡本さんの仰る通りこのBrahmsを聴くとGrimaudが一段飛躍していることが感じられます。弾き振りというスタイルに関しても客席に背を向けるのではなく真正面を向いて弾きながらコンサートマスターにもたっぷり花をもたせているHeleneに好感がもてます。このスタイルはいつから始まったのでしょう?彼女の発案だとしたらすごいですね。センス抜群の写真家のパートナーも大いに貢献しているのでは?、、、と勝手に想像していますが。自分は一回も指揮をするような手振りをしないMozart のPiano Concerto #19をYoutubeで堪能したばかりです。

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岡本 浩和

>Judy様
このスタイルは映像用なのでしょうかね・・・。他では見たことありません。
おっしゃるようにすごいと思います。

>自分は一回も指揮をするような手振りをしないMozart のPiano Concerto #19をYoutubeで堪能したばかりです。

おそらくコンマスに一切を任せているのでしょうね。メンバーとの信頼関係を大事にし、そして本番では完全にお任せするというスタイルなのかもしれません。アバドとカデンツァでぶつかって、さっさとキャンセルしたというエピソードはその裏返しのようにも思います。

返信する
うらやのぬきち

はじめまして、
こんなに深みのある聴き方ができるんだ。
と、驚きをもってブログを拝読しています。
 
勝手ながら私のブログのリンク欄に貼らせていただきました。
どんな理由であれ、不都合がありましたらひと言、
お知らせください。

返信する
岡本 浩和

>うらやのぬきち様
こんにちは。コメントをありがとうございます。
リンクについても問題ございません。
今後ともよろしくお願いいたします。

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