原点回帰

何だか「原点回帰」のような気がする。
軸だけ定め、地に足を着け、気負わず、流れに任せることを心掛ける。すべてが順調、行き方に間違いはなかろう・・・。

30数年前にヴィルヘルム・フルトヴェングラーの音楽に出逢い、脳天を直撃された。以来、残された録音のうち正規で発売されたもののほとんどは耳にしてきたが、ウィーン・フィルと晩年にスタジオ収録したベートーヴェンの交響曲集は、やれ大人しすぎるだ、実演のフルトヴェングラーはこんなものではないという声が聞かれるものの、ベートーヴェンの音楽に内包される「調和」と「混沌」、「安定」と「不安定」、「希望」と「失望」、そういったあらゆるものが見事に音化され、古びたモノラル録音の中からいまだに活き活きとした音楽が鳴り響くという意味で、本当に時折取り出しては聴くことになる名演奏たちである。

今年も11月30日がやって来た。一時期ほどフルトヴェングラーに対する熱は冷めているが、それでも晩秋の頃合いには無性に聴きたくなる。亡くなってから60年近くの年月が経過し、夥しい数の新たな録音がリリースされているのに、僕の中でのベートーヴェンの模範はやっぱりフルトヴェングラーだという妄信(?笑)がある(まったくもって過去に縛られ、時代遅れなのだけれど)。おそらくティーンエイジャーの頃の「記憶」とういうものが人間のその後の思考や嗜好に甚大なる影響を与えるのだろう。もちろん他にも素晴らしい演奏はあるし、実演でも感動的なベートーヴェンには何度も接しているのだが、思い出という意味も含めていうとどうしても「フルトヴェングラー」なのである。

ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調作品67「運命」(1954.2.28&3.1)
シューベルト:交響曲第8番ロ短調D.759「未完成」(1950.1.19-21)
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

僕の手元には通常のモノラル録音のほかに、ブライトクランク版が3種ある。ひとつは上記と同じカップリングのアナログ・レコード(EAC-50061)、もうひとつは93年に「英雄」、「田園」とともにリリースされた2枚組(TOCE8170-71)、そしてあとひとつが95年発売のGrandmaster Series(TOCE-3044)である。
夕方、アポイントまでに少し時間があったので聴き比べてみた。あくまで個人的見解だが、Grandmaster Seriesはどうも音質が軽くて芯が通っておらずもうひとつ。それに、アナログの音が意外に良いことに驚いた。60年前の録音だから音そのものは現代の録音と比較にならないくらい貧しいのだが、それでも「音の温もり」は断トツ(そう考えると、かつて大量に処分したLPレコードのことがどうしても悔やまれる・・・)。

久しぶりに巨匠最晩年の「運命」スタジオ録音を聴いて感じたこと。
ひとつの音楽的創造物に対して解釈は無限にあるということ。同じ人間の再創造であるとしても時や場所が変わればすべてが自ずと変化するということ。しかも、ベートーヴェンの本質をついているとかついていないとか、そもそもそんな議論自体がナンセンス。真意など作曲家にしかわからないことだし、ひょっとするとそれを創ったベートーヴェン本人ですら「わからない」というかもしれないものだから。それくらいに全知全能が集約された、人間が作り出したとは思えない強固で一部の隙もない作品・・・(そういえば、かつてはあまり好きではなかったホグウッドのピリオド楽器による学究的解釈ですら面白いと思えるようになっている。その変化にこそ驚かされる)。

今日はコートやマフラーが不要になるほど暖かかった。これだけ寒暖の差が激しいと体に変調を来す人も多かろう。皆様、ご自愛のほど。

 


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アレグロ・コン・ブリオ~第5章 » Blog Archive » フルトヴェングラーの「田園」交響曲(SACDハイブリッド盤)

[…] ベートーヴェン: ・交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」(1952.11.24&25録音) ・交響曲第8番ヘ長調作品93(1948.11.13Live) ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団 アナログに始まり、EMI初期CD、ブライトクランク盤、などなど「音が良くなった」というふれこみがあるたびに性懲りもなく買った(賛否両論あろうが、実は不自然だけれどあの拡がりのあるブライトクランク盤も僕は好きで、その時の気分によって使い分ける)。最終的にはEMIの初期盤がもっとも優れているという結論に至り、リマスターと称するものに手を出すことはなくなったけれど、昨年生誕125年を記念して国内盤でリリースされたSACDハイブリッドディスクはどうしても我慢ならず手が伸びてしまった。比較してみて、現時点ではSACDに一日の長あり。音の芯が安定しており、地鳴りがするような響きと天から降るような想念が溶け合って、音楽と対峙している最中ほとんど金縛りに遭うよう。 […]

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