バーンスタイン指揮ロンドン響の「キャンディード」(1989.12録音)を聴いて思ふ

bernstein_candide_lso_1989571この世界は駆け引き、それぞれの思惑と思惑のぶつかり合いで成り立っているのだとつくづく思う。

この作品も間違いなく舞台を観ない限りその真髄はわからないだろう。
いかにも荒唐無稽と揶揄されるヴォルテールの小説に若きレナード・バーンスタインが音楽をつけた歌劇ともミュージカルともカテゴライズし難い「キャンディード」。
しかし、少なくともヴォルテールの小説の意義は、世界がまさにパラレル・ワールドで、近視眼的に認識したのでは決して理解できるものではないことを啓示するものであり、ましてや彼が唱える「最善説」なる楽観主義は人災や天災の頻発する世界においてそう易々と受け容れられるものではないだろう。
今の世界を幻とし、小説の中の世界こそ真実なのだと言わんばかりに(ヴォルテール自身は後にこの作品を自分が書いたのではないとし、子どものいたずら書きだとこき下ろしているのだが、それすら世間を煙に巻く詭弁であろうと僕は思う)ヴォルテールは一気呵成に筆をとるのだ。

確かに「キャンディード」には時空を超える凝縮された物語がある。
それは原作最終章のパングロスとマルチンの言葉に集約される。

「そう、そのとおり」パングロスは言った。「人間がエデンの園においてもらったのは、聖書にもあるとおり、そこを耕すため、つまり、労働をするためなのです。聖書が証明しているように、人間は休息をするために生まれてきたわけではありません」
「議論とかするひまがあったら働きましょう」マルチンが言った。「それのみが人生を我慢できるものにする唯一の方法なのです」
ヴォルテール作/斉藤悦則訳「カンディード」(光文社古典新訳文庫)P227-228

要は人のために動くこと、奉仕するために人は生を得ているのだとヴォルテールは諭すのだ。それは、何よりバーンスタイン自身も同感のことだろう。
「キャンディード」初演直後に「タイムズ日曜版」でバーンスタインはかく語る。

ここに出てくる問題は、われわれアメリカ人にもそのままあてはまる。清教徒風の聖人気取り、まやかしの倫理主義、尋問による攻撃主義、すばらしき新世界の楽観主義、生まれついての優越感―そのどれをとっても、思慮深い人間ならアメリカ社会の欠点としてあげることではないだろうか?
ジョーン・パイザー著/鈴木主税訳「レナード・バーンスタイン」(文藝春秋)P261

これは何も当時のアメリカ社会に限ったことではない。
今の日本にだって、もちろんヨーロッパ諸国にだってそのまま当てはまることだと思う。つまり、18世紀の時代から人間のそもそもの在り方は何も成長していないということだ。

「真の奉仕を!」とバーンスタインが言ったのかどうかはわからない。
けれど、「キャンディード」に聴く渾身の音楽を聴くにつけ、そして亡くなる直前まで改訂に拘っていたという彼の思いを知るにつけ、軽快で意味深いキャンディードの冒険譚を音楽に乗せてより世界に知らしめたいとバーンスタインが願っていただろうことは間違いないだろうと僕は思う。
楽天家バーンスタインの真骨頂。

・バーンスタイン:「キャンディード」(1989年最終改訂版)
ジェリー・ハドレー(キャンディード)
ジューン・アンダーソン(クネゴンデ)
クリスタ・ルートヴィヒ(オールド・レディー)
アドルフ・グリーン(パングロス博士、マルチン)
ニコライ・ゲッダ(総督)
デッラ・ジョーンズ(パケット)
カート・オルマン(マクミリアン、船長)
クライヴ・ベイリー(熊使い、裁判官、ツァー・イワン)
ニール・ジェンキンズ(化粧品売り、裁判官、チャールズ・エドワード)
リンゼイ・ベンソン(医者、裁判官、スタニスラス)
リチャード・スアート(ジャンク屋、裁判官、ヘルマン・アウグストゥス王)
ジョン・トレレーヴェン(練金術師、裁判官、サルタン・アクメット)
ロンドン交響合唱団
レナード・バーンスタイン指揮ロンドン交響楽団(1989.12録音)

第1幕、静かなキャンディードの瞑想”It Must Be So”に続く合唱”Westphalia”の崇高さと序曲にも現れる金管の躍動的な主題に喜びを思う。
同じく”Candide’s Lament”における音楽の美しさと、ジェリー・ハドレーのオペラティックな巧みな歌。
それにしても第2幕最後の合唱交えた七重唱の大団円は一際素晴らしい!

夢追い人には
彼らが喜ぶ世界を夢見させようというが、
そんなエデンの園なんて見つからないさ。
きれいで甘い花々、
美しい木々は
しっかりとした大地に根付くもの。
僕たちは純粋でもなし、賢人でもなし、善人でもなし、
それでもベストを尽くそう。
家を建て、木を切って、
僕たちの庭を育てるんだ。

この作品を契機に、次なる「ウェスト・サイド物語」でバーンスタインの才能はいよいよ花開くことになる。レナード・バーンスタインに乾杯!

 

ブログ・ランキングに参加しています。下のバナーを1クリック応援よろしくお願いいたします。


音楽(全般) ブログランキングへ


コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む