サロネン指揮ロサンジェルス・フィルのバルトーク弦チェレほか(1996.1録音)を聴いて思ふ

バッハの知性を20世紀に引き継いだのが、アルバン・ベルクであり、ベラ・バルトークだった。しかも、理知に傾くのではなく、妖艶な、エロス薫る音楽を生み出し、後世に多大な影響を与えた意味において、彼らの役割は極めて大きかった。

バルトークの頭脳は鋭利な刃物のようだった。
その分、頑なな性格であり、一般生活においては融通の利かない側面もあったという。家族は随分苦労したことだろう。

彼の論ずる言葉はいちいち正しく、つけ入る隙がない。

また別の機会に動物の行動が話題になった時、父はリーダーの役割について語った。「母ドリを見なさい。母ドリは自分が空腹でもヒヨコたちがお腹いっぱいになるまで待っている。その後で母ドリは桶のエサをつつく。」さらに続け、「それに、たくさんのメンドリの中心にいるオスをごらん。この後メスが先にエサを食べる番で、オスはその間待っている。オスは優位であってもメスを押しのけたりしない。」集団のリーダーというものは成員の利益のために自分の欲求を抑制する。私は自然の摂理に対する父の敬意と理解、そして動物の愛情についての見方を尊敬した。人間も動物を見て学ぶと、もう少し立派になれるかもしれない。
ペーテル・バルトーク著/村上泰裕訳「父・バルトーク―息子による大作曲家の思い出」(スタイルノート)P105

バルトークの人間離れした知性は、ユング同様、大宇宙のあらゆる理をくみ取れるだけの大きさだったのだと思う。

動物は自分の種に対して刃向かわないものだ。動物たちが、いかに正しいか、いかに慎み深いか、いかに習性に従っているか、いかに自分たちを支える土地に忠実であるか、いかにいつもの世代交代を反復しているか、いかに自分たちの子どもの世話をしているか、いかに一緒に餌に向かったり、互いに水源へと誘い合ったりするかを、よく見なさい。自分の獲物の余りを隠して、仲間を飢えで死なせる動物は一匹もいない。本当は蚊であるのに、象だと思い込む蚊は一匹もいない。動物は自分の種の生を慎み深く、忠実に生き、それ以上でもそれ以下でもない。
C.G.ユング著/ソヌ・シャムダサーニ編/河合俊雄監訳/河合俊雄・田中康裕・高月玲子・猪股剛訳「赤の書」(創元社)P397

それにしてもユングの夢想も人間離れしている。

エサ=ペッカ・サロネンのバルトークを聴いた。
バルトークの数多の作品の内にある、自然の摂理との一致。それを見事にとらえたエサ=ペッカ・サロネンの棒の妙。

バルトーク:
・管弦楽のための協奏曲SZ,116
・弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽Sz.106
エサ=ペッカ・サロネン指揮ロサンジェルス・フィルハーモニック(1996.1.29&30録音)

「弦チェレ」の、静寂から大音量の頂点へと移行する音楽のうねりが素晴らしい。
第1楽章アンダンテ・トランクィロの、猛烈な勢いで発散される情感は、作曲当時のバルトークの鬱積の解放の賜物か。また、音調が都度変化する第2楽章の怒涛の激しさは、サロネンの真骨頂であり、こんなにも熱く有機的な「弦チェレ」を僕は聴いたことがないほど。
第3楽章は、溜めて弾ける「夜の歌」(なんて悲しい)。そして、終楽章は筆舌に尽くし難い巧みな表現。特に中間部の懐かしい歌はどこかで聴いたことのある音楽であり、作品の結論を明らかにする妙味として究極。知性と感性が一体となった、本当に素晴らしい演奏。サロネンの右に出る者はいないのではと思う。

愚か者と芸術を論じても無駄だ。馬鹿につける薬はない。そういう愚か者はどこにでもいる。音楽に対する世間一般の無理解は甚だしい。「クラシック」という専門用語を低俗な音楽に対する高尚な音楽だと思って使っている。ところが「クラシック」とは、いかなる芸術においても(音楽のみならず)、形式と内容の点でバランスがとれた作品のことだ。だが、こんな簡単な基礎知識も欠けている中で議論しても意味がない。読み書きのできない農民に宇宙の神秘やシェイクスピアの素晴らしさ、高等数学の見事な論理を説明してみたまえ。最大の防御は沈黙だ。
(1944年9月9日付、息子ペーテル宛手紙)
ペーテル・バルトーク著/村上泰裕訳「父・バルトーク―息子による大作曲家の思い出」(スタイルノート)P296

かなりの上からの物言いだが、この際許そう。
バルトークの他と冠絶した孤高の境地が、傑作として世に問われた瞬間がここに刻まれる。

 

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