メジューエワのメンデルスゾーン

イリーナ・メジューエワのピアノというのは、実に芯がしっかりしていて何があろうともびくともしない。それでいてとても自然な、ニュートラルな響きに溢れていて聴いていてとても落ち着く。あの華奢な容姿からは想像もつかない「立派な」というか「安定した」音楽がいとも容易く(ように見える)生み出されるのだから、もっともっと注目されても良いピアニストのように僕は思う。(いや、すでに人気は十分に高いけれど)

昨年、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」で彼女はメトネルを弾いた。それもたった1回だけ。少々油断していた僕はチケットを取り損ねた。小さな会議室を会場に設えてのリサイタルだったから当然と言えば当然なのだが、あっという間に完売だったらしい。

僕がメジューエワの演奏を初めて聴いたのはDENONからリリースされた件のメトネルが収められたもの。感動した。音楽そのものにもだけれど、あの顔からは想像もできない圧倒的な表現。真に音楽というのは顔でするのでもなし、容姿でするのでもないということがよくわかった次第(当たり前か・・・笑)。

ところで、もうひとつ、多分これはあまり注目されていないものだろうけれど、実に彼女らしい演奏で、しかもそこには作曲者の音しか鳴らず、ピアニストを感じさせないすごい音盤がある。

メンデルスゾーン:
・ロンド・カプリッチオーソ作品14
・幻想曲嬰へ短調作品28
・スケルツォ・カプリッチオ嬰へ短調
・前奏曲とフーガホ短調作品35-1
・無言歌ホ長調作品19-1「甘い思い出」
・無言歌ロ短調作品67-5「羊飼いの訴え」
・無言歌嬰へ短調作品30-6「ヴェネツィアの舟歌」
・厳格な変奏曲作品54
イリーナ・メジューエワ(ピアノ)(1996.10.22-25録音)

音の一粒一粒が際立ち、しかも一切の淀みなく音楽が流れる。どの瞬間も実に美しい。
例えば、ホ短調の前奏曲とフーガ(前奏曲の主題は気のせいかブラームスの作品18の第2楽章のそれのよう)。圧巻は4声のフーガ!バッハの「マタイ受難曲」を再発見し、蘇演したメンデルスゾーンにバッハから明らかに影響を受けた鍵盤作品がないはずがない。バッハの平均律だけでなく、ショスタコーヴィチの同名曲をことのほか愛する僕が、初めて聴いたときに感動を覚えたのは至極当然。主題が静かに、そして丁寧に語りかけるように奏され、少しずつ高揚してゆく様・・・。

続く、3曲の「無言歌」は題名通り言葉のない「歌」。想いがこもった、何て愛らしい音楽たち。作品19-1はタイトル通り本当に甘く切ない調べ。哀しげで、愁いを帯びた旋律をもちながら時に激高する作品30-6に涙する。
そして、恐る恐る囁きかけるように歌い出される「厳格な変奏曲」。冒頭から引き込まれるこの音楽にもおそらくバッハの影響が・・・。

こういう作品集を聴いていると、メンデルスゾーンも実に過去の大家からイディオムを吸収し、しかも自分色に染めつつ、それが一般大衆の耳にとても優しく、心を落ち着かせる音楽になっているのだから「天才」であるというしかない。比較はすべきでないが、シューマンの極めて個人的な日記のような、感情の坩堝の音楽とはまったく異なり、これこそ「自然」、あるいは「中庸」という音楽が紡がれる。


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