ボロディン弦楽四重奏団のアンダンテ・カンタービレ

生憎の雨で、間もなく満ちるお月様は見えないけれど、心を浄めてお祈りをした。
特に何か神頼みするわけではない。日常のいわば「信仰心」から来る行為である。そうすると何だか神々しい光が下りてくるような気がする。そして、とても幸せな気持ちになる。何があるとかないとか、足りるとか足りないとか、そういう議論そのもの、思考そのものとは別次元にある何か・・・。

雨粒が軒先に激しくぶつかる音を聞きながら、今夜は「考えること」を止そうと思った。
ただ無心になる。音楽にも無邪気に浸る。そうすれば、その「美しさ」がもっと自然に身に染みるだろう。
例えば、チャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」、晩年のトルストイが涙したというあまりに通俗的名曲。所詮はロシアの民謡からとったものである。「哀愁に満ちたきれいな音楽だけれど、低俗なポピュラー音楽そのものだ」と、その昔、「通」を気取って鼻で笑っていた自分が恥ずかしい。
久しぶりに聴いて、ト翁が絶賛したその想いがわかった。
「アンナ・カレーニナ」を上梓したその頃から、ト翁は人間存在について苦悩し、「己の在り方」にも悩み始める。晩年の「キリスト教精神」に則った思想の萌芽。そんな人が涙をこぼした音楽だということを忘れるべからず(単に精神不安定だったのかも・・・笑)。

チャイコフスキー:
・弦楽四重奏曲第1番ニ長調作品11(1979.12録音)
・弦楽四重奏曲第2番ヘ長調作品22(1978.4録音)
・弦楽四重奏曲第3番変ホ短調作品30(1979.12録音)
ボロディン弦楽四重奏団
ミハイル・コペリマン(第1ヴァイオリン)
アンドレイ・アブラメンコフ(第2ヴァイオリン)
ドミトリー・シェバーリン(ヴィオラ)
ヴァレンティン・ベルリンスキー(チェロ)

チャイコフスキーとトルストイの出逢いは1875年。トルストイはちょうど「アンナ・カレーニナ」を執筆中の頃。一方のチャイコフスキーはピアノ協奏曲第1番を書き上げた頃。いずれも名作なり。

ボロディン・カルテットの演奏はロシアの広大な大地を思わせるメランコリックな泥臭さの内に、酷寒の世界であるがゆえの人々の温かさ、本来のロシアが持っていたような「人としての愛情」が垣間見え、とても安心感がある。おそらく70年代の彼らが最も充実していた頃のひとつだろう。

明日、世田谷おとなの学び場4月講座に出講する。ベートーヴェン入門。先日の八王子市市民自由講座で使ったものをそのまま使い回そうかとも思ったが、止めた。こういうものは生き物だから。特に、今回のように少人数での講座の場合は尚更。一瞬一瞬をとらえての真剣勝負なり。がんばる・・・。


7 COMMENTS

Judy

「一瞬一瞬をとらえての真剣勝負なり。使い回しをしない意気込み、、、」この姿勢いいですね。頑張ってください!

日本にいたらぜひとも参加したいベートーベン入門講座です。Videoの形でYoutubeに流していただけるとありがたいのですが、、、お金を払ってSubscribeという仕掛けは作れますか?

通俗的名曲というのは確かに抵抗があるものですが、私は一時期チャイコフスキーのSwan Lakeが頭のなかで鳴り出して戸惑ったことがあります。「男のタイツ姿に付き合わされるのだけはは勘弁してくれ〜!」と言ったという友人の夫の言葉が頭にこびりついた翌朝からでした。とうとうあまり好きではないと思い込んでいたBalletのDVDを繰り返しみることとなり、チャイコフスキーの音楽の力に驚きました。同じく、ラフマニノフの2番なんてイギリス映画の「逢引き」以来、あまりにも映画やドラマで使われすぎていて食傷していました。でもでも、それをGrimaudがすっかり変えてくれたのです。まさかあの曲を始めから終わりまで聴いてみたくなるなんて思いもよりませんでした。(ははは、いまだにGrimaud姐さんをMentionしないでコメント書くのは難しい。)The Last Trainという映画の中で80過ぎてからのトルストイが奥様と喧嘩して家出する場面は衝撃的でした。喜怒哀楽が年をとっても若い時と変わりなくVividに感じられたトルストイだからこそアンダンテ・カンタービレにも青年の如く涙したのだと思います。老若男女、性別を問わず自分を規定する囲いを外して生きるのが一番正直でいいのではないでしょうか?そういった意味ではBrahmsもトルストイのようにひげを生やして太っちょで気難しげな印象ですが、最晩年まで少年・青年の心をもっていた気がします。

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ふみ

Judyさん

おーーー!Judyさんも「The last station(trainではなくstationだったと思います)」をご覧になったんですね!
実は、あの映画、僕の中ではトップ5に入る程大好きな映画で劇場に三回も観に行っちゃった程です。
映画って、プロット、キャラクター、音楽、映像、全てが統合されている総合芸術ですよね。クラシックでいうオペラのようなもの。あの映画はそれらの要素が独立的に考えても素晴らしいですが、全体の世界観や、終結に向かう時の緊張感、安堵感、そして儚く美しい感動、全てが最高でした。そもそも題材となったトルストイの生き方が美しいというのもありますが。。。

この映画を共感できる方がいらっしゃって、あまりにテンションが上がって、思わずコメントしてしまいました(笑)

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岡本 浩和

>Judy様
なるほど、確かにクラシック講座を映像で取り、You streamで公開するというのはありですね。
ご指摘ありがとうございます。

ところで、「白鳥の湖」は名作だと思います。それ以上に「くるみ割り」は最高傑作ですが。チャイコフスキーはその実力以上に評価が低いようにも思える点があります。実に「天才」だとここ数年で確信しております。(そういう僕も昔は低く見ておりました・・・)
グリモーのラフマニノフも良いですね。おっしゃるとおりあの曲は今となってはほとんど聴かないですが・・・。

それとふみ君もお薦めする”The Last Station”ですか・・・。この映画僕は観ておりません。いや、観ないとですね。教えていただきありがとうございます。(ふみ君にも感謝)

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Judy

ふみくん岡本さん、
こちらも思わず「お〜」です。だって20代の青年のTop 5に入る映画がThe Last Station だとは! ますますCloud/Atlasの世界が証明されてきていますね。 ご存知だと思いますがトルストイを演じたクリストファー・プラマーはコンサートピアニストを目指していたんですね。だからSound of Musicなどにキャスティングされた時は「あほらし!」とお酒ばかり飲んでいたとか。Brideshead Revisited (BBC のTVシリーズでJeremy Ironの出世作です)やFingersmith (映画)など、もしもまだ観ていなかったらお勧めです。ふみくんのことだからとっくに観ているかもしれませんね。だとしたら、Fingersmithなどオペラに最適だと思いませんか?

ところで岡本さん、このBlogは日本一だというのにコメント書いている人は数人なのでしょうか?それほど日本の人はシャイで自分の意見を言わないのですか?それとも内容がクラシックだと引いてしまうのですか?それとも、私がおめでたいだけで自分のコメントが書いてある部分しか送ってこない仕掛けなんですか? そんなことありませんよね???

今日は(アメリカ時間で)シェークスピアのお誕生日とあって、真夏の夜の夢、ロミオとジュリエット、ハムレットなどがラジオから流れていました。それぞれいいですね。

岡本さんの:チャイコフスキーはその実力以上に評価が低いようにも思える点があります。
に対して。BBCが最近制作したドキュメンタリー調の「チャイコフスキー」は素晴らしいです。とうとう彼がGayであったことを全面に押し出した描き方で死因も多少納得がいくように描いてありました。評価が低かった原因はあくまでも彼とフォンメック婦人(?)の間が強調されすぎて、19歳で早世してしまった心から好きだった「彼」の存在が無視され続け、世の中がチャイコフスキーの実像にピントを合わせることを避けていたからではないでしょうか?

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岡本 浩和

>Judy様

>このBlogは日本一だというのにコメント書いている人は数人なのでしょうか?

いや、日本一だという認識はないのですが・・・(笑)
しかし、たくさん見ていただいていても確かにコメントをしない人が多いですね。
内容がクラシックで、しかも話題がコアなものですから実際退かれるのかもしれません。
もちろん仕掛なんてありません。

ご紹介のチャイコフスキーのBBCドキュメンタリーは観てみたいですね。どこかで観れるかなぁ。

>世の中がチャイコフスキーの実像にピントを合わせることを避けていたから

なるほど。そうかもしれませんね。
ありがとうございます。

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Judy

ご紹介のチャイコフスキーのBBCドキュメンタリーは観てみたいですね。どこかで観れるかなぁ。

こちらのAmazonでは入手可能ですので、もしもよかったらI am more than happy to send it to you.
でも、Region1ということはUS向けのプレーヤーがないと映りませんよね. どうしましょう?昨日のコメントを含めてBBCの宣伝みたいになってしまいますが、同じ主旨でBrahmsのDocuDramaもできているようです。

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