死の年の4月5日、サンドの娘であるソランジュに宛てたショパンの手紙。
「・・・どうか健康でいらっしゃるように。私はもう限界まで来ました―いま4人目の医者にかかっています。彼は1回の往診に10フラン取ります―1日に2回くるときもあります。それにもかかわらず、ほとんど楽になりません」
(アーサー・ヘドレイ編「ショパンの手紙」P483)
悲痛な叫びが聞こえる。病床にあってショパンの心はますますワルシャワの家族の方に惹かれていったとのこと。最後の年のマズルカにはそういったショパンの望郷の念が反映される。
ミケランジェリのショパン集の、冒頭のト短調のマズルカ作品67-2を聴いて、何て哀しくて、何て透明で・・・、思わず感動した。マズルカ諸曲こそショパンの分身であると断言する。
今朝からショパンの気分。
お陰様で告知早々「早わかりクラシック音楽講座@一番町」満席御礼。さすがに「ショパンとサンド」がテーマで、しかもピアノの実演を中心に講座を進行するとなるとご興味ある方が多いとみえる。早速、追加講座の開催を決定。梅雨の鬱陶しい時節にショパン。そういえば昔「雨音はショパンの調べ」(小林麻美)なんていう曲があった(原曲はガゼボの”I Like Chopin”)。懐かしい・・・。
僕のクラシック音楽愛好人生の原点はショパン(少々恥ずかしいのだけれど)。時折「マズルカ集」を取り出すくらいで今となってはほとんど聴かなくなった。
久しぶりにショパン晩年のマズルカを中心に、ショパンとサンドのことを少しばかり思ってみた。
強烈な押しによって「ピアノの詩人」をものにしたジョルジュ・サンドとの9年間は音楽家ショパンにとってその芸を磨く絶好の機会だったのだろうか・・・。
1838年6月、ジョルジュ・サンドとの恋愛が始まる。サンドのしつこい猛烈なアタックに、慎重だったショパンが歩み寄ったのだ。同じ年に生み出された嬰ト短調作品33-1は心なしか「寂しさ」あるいは「躊躇」のようなものが聴いてとれる。果たしてこれで良いのかと。(笑)
同じくロ短調作品33-4についても然り。とはいえ、こういう音楽を聴かされたサンドの気持ちもよくわかる。
ミケランジェリの演奏の凄さは、マズルカに限らずショパンの各曲をそこはかとない哀惜感に包み込み、聴く者を深い深い淵に誘う如きところである。音の一粒一粒に魔法がかけられ、時に静かに囁きかけ、時に抑圧された感情がほとばしる。サンドとの蜜月以前の作品についても同じく。
ショパン最後の筆となる作品68-4は、表面上の憂いや悲しみの裏側に生きる喜びや希望に溢れる。不思議にも・・・。ショパンもまだまだ生きていたかったんだ・・・。
ちなみに、早わかりクラシック音楽講座@一番町「ショパンとサンド~恋愛の真実」追加講座は6月8日(土)に決定。ご興味ある方はこちらからエントリーください。
※それにしても昔のグラモフォンのジャケットは味があって深みがあってかっこいい。
[…] に古いものは音の輪郭が完全にぼやけてしまっていて極めて感興を削ぐ(先日のミケランジェリのショパンもそうだった。SACDハイブリッド化を強く求む)。昨今見直されているアナログ […]
ミケランジェリというピアニストは本当何だったんでしょうね。ギリシャ彫刻のような造形美、水の中にいるような感覚になる透明な音色、時間が止まったかのような感覚になる完璧なテクニック、一瞬の内に無の世界に惹き込まれるような神聖性、テクストの読みの深さ。全てを極めたピアニズムの具現者、神の子としか思えないです。
でも、そんな神の子でもヅラ被るんですよねぇ…(笑)
>ふみ君
すごいねぇ、どこからそういう表現が出てくるの?
とても「若者」だとは思えません。老練の極みです。
ただし、ヅラは関係ないでしょ(笑)。自己顕示欲というか自分がどのように見えるのか大事なのです。だからキャンセルも多かった。
[…] 前に採り上げたミケランジェリに触発されたわけではないと思うけれど、久しぶりにあえてホロヴィッツのショパンを繰り返し聴いてみた(ミケランジェリのマズルカは天から降りるよ […]