バックハウスのベートーヴェン:ピアノ奏鳴曲全集(SL1157-66)

カートリッジを新調した。しばらくぶりにアナログ・レコードを聴いて、その音の素晴らしさに感動した。何とも懐かしい、そして厚みがあり、繰り返し聴いても決して疲れることのない音。「針音が何だ!それも音楽の内だ!」と思わず叫びたくなる(笑)。確かに30年前、初めてコンパクト・ディスクの音を聴いた時は鮮烈だったけれど(まるで目の前で奏者が弾いているのではと思ったほど)、それはまったくの誤解だった。

久しぶりにヴィルヘルム・バックハウスのベートーヴェン全集(ステレオ)を引っ張り出していくつか聴いてみた。金張りの豪華なボックスに収められた初期盤である(1975年発売のSL1157-66だから厳密には最初期じゃないかも)。去年亡くなった吉田秀和氏の「バックハウスのベートーヴェンをめぐって」、門馬直美氏の「バックハウスの生涯」、あるいは山崎孝氏の「バックハウス教授の想い出」などの貴重な論文が渡辺護氏の楽曲解説とともに収録されている点が魅力。現在の二束三文のようなCDボックスと違って外観・内容とも実に重量級。

CDフォーマットの場合、人間の耳には聴こえないとされる高域と低域が切られていることがそもそもの問題なのだけれど、開発当初その点は疑問視されなかったのだろうか?実際にアナログ盤と聴き比べてみて「音の差」は明らかだと思うのだが(フィリップスとソニーが開発したとされるこのフォーマットにカラヤンがアドバイザーとして入っていることを考えてみても何やらきな臭い。それにフィリップスは「赤い楯」傘下じゃなかったか?)。

ベートーヴェン:ピアノ奏鳴曲全集(SL1157-66)
・ピアノ・ソナタ第30番ホ長調作品109(1961.11録音)
・ピアノ・ソナタ第31番変イ長調作品110(1966.11録音)
・ピアノ・ソナタ第32番ハ短調作品111(1961.11録音)
・ピアノ・ソナタ第22番ヘ長調作品54(1969.4録音)
・ピアノ・ソナタ第24番嬰ヘ長調作品78(1969.4録音)
・ピアノ・ソナタ第25番ト長調作品79「かっこう」(1966.11録音)
・ピアノ・ソナタ第26番変ホ長調作品81a「告別」(1961.11録音)
・ピアノ・ソナタ第27番ホ長調作品90(1969.4録音)
ヴィルヘルム・バックハウス(ピアノ)

後期ソナタの入った1枚とバックハウスの死の3ヶ月前に収録(最後のスタジオ録音?)されたソナタが入った1枚を続けざま聴いた。作品109から作品111まではバックハウスの真骨頂。しつこいが、少なくとも僕の所有する初期CDには入っていない生々しい音楽が飛び出す。作品110冒頭の主題は―この天使が舞い降りるような主題は、僕の愛する旋律で、いつも胸が締めつけられるような想いに駆られる。悟りを開いた直後の喜びに満ちる音調。そしてフーガの崇高で、言葉に言い表し難い響き。白眉は作品111。第2楽章は・・・、まるで「般若心経」のようだ(羯諦羯諦波羅羯諦)。
それと、ロベルト・シューマンがことのほか愛したという作品54。この音楽が可憐でありながらこれほどまでに意味深く聴こえたのは初めてかも。「ワルトシュタイン」と「熱情」に挟まれた「軽いソナタ」だが、シューマンが愛好した理由がようやくわかったように思う。ここには作品111の萌芽がある。そもそも作品78、作品90ともども2楽章制であることがポイント。明暗、陰陽、二元論的思考を「ひとつ」に統合しようという試みがこれらのソナタでの実験ではなかったのか。考え過ぎかもしれないが、作品111を除き、2楽章制ソナタをバックハウスが最後に収録したことが真に興味深い(ついに「ハンマークラヴィーア・ソナタ」は録音できなかった)。

 

 


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