ミッシャ・エルマンのメンデルスゾーン&ラロ

初めての体験というものがその後の人生の物差しになる。
脳みそに一旦刷り込まれた経験はそう簡単には拭い去れない。
音楽の場合は特にそう。若い頃に、それこそ針が擦り切れるまで(当然アナログ盤のこと)聴いた演奏は忘れようにも忘れられない。そして、その演奏の良し悪しは別にして、自分の内側では輝ける生涯の至宝のひとつとなる。そもそも人間が創ったもので、しかも演奏するそれぞれが独自の感性で再現しているものゆえ「絶対」というものはない。その意味では優劣なく、誰の中にも特別な音楽、特別な演奏があるだろう。

かつて「エルマン・トーン」と呼ばれ、一世を風靡したヴァイオリニストの最晩年の録音を初めて聴いたのは30数年前。メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲他を収めたアナログ盤。クラシック音楽についてはまだ右も左もわからないひよっこの頃で、廉価盤だったという理由も大きいが、やっぱりその「○○トーン」という言い回しに感化されて手に取ったことを思い出す。それからしばらくの間、僕の中でメンデルスゾーンといえばこの演奏のこの音が規範になった。

それにしてもゆらゆらと揺れて、音の線が細く、何とも19世紀浪漫的な音色が独特。現代のコンクールなどでは絶対にアウトであろう不安定感が逆に魅力的なのだけれど、最初に触れたのが果たしてこの音盤で良かったのだろうか?もっと正統派を聴いていれば・・・(笑)。そういえば、フルトヴェングラーだ、ワルターだ、あるいはメンゲルベルクだと言って、旧い録音を漁っていたのもちょうどこの頃。音楽趣味のスタートから少々エキセントリックな選択だったことがその後の僕の「耳」の方向性を決めたようなもの(カラヤンなどの颯爽としたスポーティーな音楽に没頭していたらもっと違った人間になっていたかも・・・。人格形成の上で音楽の志向性の影響は極めて大きい・・・笑)。

・メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64
・ラロ:スペイン交響曲作品21
ミッシャ・エルマン(ヴァイオリン)
ウラディミール・ゴルシュマン指揮ウィーン国立歌劇場管弦楽団(SLL-1008)

当時、ラロはほとんど聴かなかった。
しかし、今改めて聴いてみると、このスペイン交響曲は実に美しい。というより、曲想がエルマンの演奏スタイルに見事にマッチしている。
どうにも場末の流しの音楽というと言い過ぎかもしれないが、この音楽のもつスペイン情緒が端的に表現されており、世紀末の退廃的なフランスの風情までが感じとれて聴いていて恍惚感を覚える。初演当時の慣習に従ってエルマンは第3楽章間奏曲を省略しているが、特に第4楽章アンダンテの、郷愁を誘う調べが耳について離れぬ。

30数年ぶりに聴いたミッシャ・エルマンは驚くほど新鮮だった。嗚呼、あの頃の空気感までもがまざまざと蘇る(ついでに、どういうわけか当時読んだ五味康祐氏のエッセーの中の一文を思い出した)。

音楽は、よく言われるように、民族と国語を異にする人たちにも感情伝達の可能な(翻訳の必要のない)人類に共通のことばである。単に感情にとどまらず、それは思想、自然観照、宗教的崇厳感、哲理さえ聴く者に感じとらせる。この意味ではベートーヴェンも言うように、音楽こそはいかなる哲学書よりも高遠な啓示に富む書物であり、あらゆる人が音楽を通じて、神性に近づくことができる。
五味康祐著「音痴のためのレコード鑑賞法」

 


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2 COMMENTS

ヤマザキ

私もクラシック好きの親からエルマン・トーンのことも聞いていたので、高校時代エルマンの小品集LPを買って聴いていました。チゴイネル・ワイゼンなどハイフェッツの技巧を凝らした演奏は全く違う、音色を聴かせる演奏でした。また親から映画「オーケストラの少女」や「カーネギーホール」の話を聞き、それをTVやビデオで見てストコフスキーにはまっていまい、正統派クラシック愛好家から離れていきました。
P.S.先日娘にエルマンを聴かせたら、テルミンみたいだと言われてしまいました。確かに普通のヴァイオリンの音とは違います。

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岡本 浩和

>ヤマザキ様
なるほど、素敵な親御さんですね。親御さんの影響でエルマンやストコフスキーにはまったとは知りませんでした(笑)。
それに、お嬢さんにまでエルマンを聴かせているのですか!!言うことなしです(笑)
それにしても「テルミン」みたいだとは!!確かに。良い耳されてます・・・。

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