底なしの後期ベートーヴェン

beetoven_28_uchida.jpg長年に亘り継続し蓄積されているノウハウというものは簡単には揺るがない。それが初めての場所であろうと、初めて接する人たちであろうと心配は無用。その瞬間になれば、言葉が次々と溢れ出し、むしろ時間が足りないくらい。大学生向けの就職支援講座を始め、いくつかの大学を回り出したが、学生諸君の反応は頗る良い。礼儀正しく私語をしないで傾聴してくれる。現在の不況というものが若者の間にも恐らく浸透しているのだろう、真剣な眼差しで講義に臨み、自らの将来を本気で考え出している姿を目の当たりにすると何とか力を貸したい、協力したいという気持ちに心底なる。

10月に入って既に何度か講義を持ったが、これが実に面白い。やっぱり人に「教える」ということが根本的に好きなのだろう。直前までは緊張する(心臓バクバク・・・苦笑)が、いざ教壇に立つと一切の我を忘れ、眼前の学生たちに集中できるのだ。

11月のリサイタルまで1ヶ月を切ったが、愛知とし子の練習もいよいよ本格化している。昨夜は1月の室内楽コンサート(メインはショスタコーヴィチのチェロ・ソナタ!)に向けてチェリストとの合わせがあったようだが、所用があり僕自身は聴けなかった。先月よりも確実に進歩、進化しているとのこと。こちらのコンサートも楽しみである。今日は昼間からベートーヴェンの作品101やリストの「オーベルマンの谷」が流れていた。せっかくなので、所有の作品101を聴き比べてみようといくつかを取り出してみた。

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第28番イ長調作品101
・内田光子(ピアノ)

・ヴィルヘルム・バックハウス(ピアノ)
・ウラディーミル・ホロヴィッツ(ピアノ)

beethoven_28_backhaus.jpg後期様式の劈頭を飾るベートーヴェンの幻想的で魅惑的なソナタ。既に聴覚を失いつつある楽聖の作品にしては開放感に富み、不思議な明るさを持つ。一切の苦悩を乗り越え、新たな境地にたったベートーヴェンの「喜び」に満ちた傑作である。作品はピアノの弟子でもあったエルトマン男爵夫人ドロテアに捧げられている(ちなみにドロテアの腕前はメンデルスゾーンも賛辞を送るほどのものだったらしい)。

「かねがねあなたに差し上げようと思っていたもので、あなたの芸術的天分とあなたの人柄に対する敬愛の表明になるでしょう」(1817年2月23日付ドロテア宛ての手紙)

beethoven_28_horowitz.jpg内田盤は艶かしい。いかにも女性的で、ひょっとするとドロテアの演奏はこんな感じだったのではないかと想像させる。バックハウスはいつものように堅牢だ。ホロヴィッツ盤はヒストリック・リターン直後の実況録音。第1楽章がニューヨーク、クイーンズ・カレッジでのもの、第2,3楽章がカーネギーホールでの録音ということでレコーディング環境に差異のあるところが致命的だが、しみじみとして味わい深く、当時のホロヴィッツの限りない音楽性(テクニック的には全盛期に及ばないものの)を聴けるという意味では重要な記録である。
そして、最後に2000年にリリースされたハイドシェック盤もと思ったが、力尽きた・・・(笑)。様々な演奏で繰り返し聴いてみると、常に新しい発見をくれる、そういう音楽である。願わくば、アルゲリッチが作品101を録音してくれないものか・・・。ベートーヴェンの後期の音楽は底なしだ。


2 COMMENTS

雅之

おはようございます。
ベートーヴェンがピアノ・ソナタ第28番イ長調作品101を作曲した年齢って、ちょうど今の岡本さんぐらいですよね(私は29番「ハンマークラヴィーア」作曲直前くらいです・・・笑)。
これらは後期の入口みたいな作品ですが、ベートーヴェンの後期って、やはりそのくらいの年齢になって初めて本当の意味で心底理解出来るようになるものなんだと、最近つくづく実感しています。こういう作品に通底しているある種の綜合的なものの見方って、自分の経験から考えても若いうちは絶対無理。机上の理屈先行の理解で、今と比べ真の共感はしていなかったように思います。
>願わくば、アルゲリッチが作品101を録音してくれないものか・・・。
でも、果たして彼女の音楽性に合うんでしょうか?
なお、グリモーも良かったですよ(笑)。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2597254
45歳か・・・、ブラームスは名作のヴァイオリン協奏曲を作曲した年齢ですよね。シベリウスは交響曲第4番に着手した年齢・・・。
今朝も岡本さんに、あえて逆らって言ってみたいです。
「人間は年齢を重ねると変われるものだ。変わるのは(周囲との)関係の質だけではない」と・・・。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
>ちょうど今の岡本さんぐらいですよね
そういえばそうですね、うっかりしておりました。
>やはりそのくらいの年齢になって初めて本当の意味で心底理解出来るようになるものなんだ
おっしゃるとおりです。最後の5つのソナタなど、若い頃にはわからなかったものを感じれるようになり、何度聴いても発見があります。
>でも、果たして彼女の音楽性に合うんでしょうか?
ひとつ勝手な根拠があるんです。愛知とし子が昔「アルゲリッチの弾き方、音楽性に似ている」と言われていたらしいという(笑)。アルゲリッチはベートーヴェンのソナタをひとつも録音してませんが、愛知同様相当いけるのではないかと・・・。そんな風に勝手に想像しております。
グリモー盤は良さそうですね。28番は女性向けかもしれませんね。
>「人間は年齢を重ねると変われるものだ。変わるのは(周囲との)関係の質だけではない」と・・・。
いや、ブラームスも当時は社会的に認められていた絶頂期で、クララや他の友人たちとの関係も良好だった頃ですから、「関係の質」が良くなっているのじゃないでしょうか?
また、シベリウスの場合も喉頭腫瘍の手術を繰り返し、死の恐怖と闘っていた直後の作品です。死の恐怖というのは、愛する人たちが大勢いるこの世との決別に対する恐怖ですから、やはり想い-「関係の質」は深くなっていると思うんですが・・・。だいぶこじつけですね(爆)。失礼しました(笑)。

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