カンテッリの「ジークフリート牧歌」を聴いて思ふ

日記というのはその人を知る上で欠かせない。なぜならば第三者に読まれることを前提で書かれておらず、都度の本音が垣間見られ、歴史や人物を理解する上で後世の者にとっては大いに役に立つから。中でも、古の音楽家の残された日記はその作品を理解する上で一級の資料品としての価値がある。
東海大学出版会刊行の「コジマの日記」を読み始めた。1869年1月1日に書き始められたこの日記は、ワーグナーの亡くなる前日、すなわち1883年2月12日まで14年間ほぼ毎日脈々と書き綴られており、最初の数日に目を通しただけでリヒャルト・ワーグナーを知る上で、いや、19世紀後半のヨーロッパ音楽界の潮流を理解する上で避けることのできないものであることを確信した。

リヒャルトとコジマの関係はまさにソウル・メイトといった態を呈する。ともかく物理的にも精神的にも彼らはいつもひとつだった。さらに言うなら、外界をシャットアウトし、完璧に2人だけの世界に籠った、そんな生き様だったのである。ゆえに、外部の者は彼らからすると敵、大袈裟にいうと互いに互いしか信じることがなかった、そういう関係だった(その意味では、ジョン・レノンとオノ・ヨーコの関係に酷似する)。逆に外の人間から見た場合、当然「奇人・変人」に移ることも大いにあったろう。

先日、僕はワーグナーの言行不一致について書いた。もちろん彼は「宇宙のしくみ」、「宇宙の真理」がわかっていた。であるにもかかわらず、おそらく幼少時のコンプレックスが原因であろうが、自分を無条件にただ受け容れてくれる女性にはめっきり弱かった。その点コジマはうってつけ。何より弱った男性、困窮する男性を見ると放っておけない人柄だから(フォン・ビューローの場合もワーグナーの場合もそうだった)。それこそ無償の愛を提供したくなる、そんな性質を持っていた。ただし、男性がそういう状況を抜け出すとあっという間に興味を失い、別の男性に目移りしたというのだから恐ろしい(フォン・ビューローからワーグナーに乗り換えたのはその最たるもの)。ということは、彼女の行動の源も「愛」ではなく「依存」だということだ。
コジマのリヒャルトに対する愛情は尋常ではなかった。裏返すと、彼に対する嫉妬や束縛も大変なものだったろう(コジマが最も目の敵にしていたのはマティルデ・ヴェーゼンドンク夫人だったことからもわかる)。そう、そのことがワーグナーに与えた影響は極めて大きいと僕は想像する。本当ならば覚醒し、より人類のために貢献(行動として)していたであろう彼を、この健気な妻は三次元的世界(現実世界)につなぎ止めた。しかし、それが「バランス」なのかもしれない。19世紀後半の、あの時にヨーロッパ世界においては「あれ」が限界だったということだ。(結局、20世紀においてワーグナーの音楽はナチスに悪用されるが、それも必然。その経緯があってようやく21世紀にワーグナーは真に花開くのだと僕は信じる)

1870年12月25日、コジマの32回目の誕生日の早朝に室内オーケストラによって奏でられた「ジークフリート牧歌」。この可憐な音楽についても、コジマは一般に公開演奏されることを嫌ったという。そう、あくまでリヒャルトの自分への個人的なラブレターだというのだ。確かに気持ちはわからぬでもない。がしかし、何と固執が強い女性なのかと呆れてしまうのも事実。まさに愛する妻の目覚めに向けて、すなわち未来の人類の覚醒を促す音楽をリヒャルトが(そこまでは意識していなかったろうが)書き上げたというのに!

ワーグナー:
・ジークフリートのホルン・コール(1947.5.14録音)
・ジークフリート牧歌(1951.10.16録音)
ブラームス:交響曲第1番ハ短調作品68(1953.5.21&22録音)
デニス・ブレイン(ホルン)
グィード・カンテッリ指揮フィルハーモニア管弦楽団

さきの「コジマの日記」のせいなのかどうなのかわからないが(少なくともこれを読みながら聴くと涙が出てくる)、これほど「ジークフリート牧歌」に打ちのめされたことはかつてない(デニス・ブレインのホルン・ソロが堪らん)。カンテッリはイタリア人気質でありながらどこかにドイツ的な堅実で暗澹とした性質を持ち合わせていたのかどうなのか。とにかく心にも身体にも「優しい」のである。

ところで、付録の(?笑)ブラームス。一転こちらはオーケストラがうねり、轟音を鳴らす。テンポ感も絶妙の妙。第1楽章は厳しい音楽だ。そして、第2楽章は静けさと哀感に満ちる。フィナーレのコーダは適度に抑制が聴き、しかもラテン的な熱さをあわせもつ名演奏。
飛行機事故のためわずか36歳で亡くなったことが残念でならない。

 


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岡本浩和の音楽日記「アレグロ・コン・ブリオ」

[…] ジークフリートの角笛の勇猛な雄叫びを思った。 元帥夫人とオクタヴィアンの戯れにおいてもホルンの圧倒的な存在感がものをいう。ホルンという楽器は男性性の象徴だそうだ。 そういえば、ブラームスは交響曲第1番のフィナーレ序奏で主題をホルンに吹かせているが、この朗々たる旋律は1868年にクララに贈った歌曲の断片である。その際、それにつけられた詩は次の通り。 […]

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