ベームの「ジークフリート」を聴いて思ふ

ジークフリートは「恐れ」というものを知らなかった男だが、ブリュンヒルデという女性を初めて見たとき「恐れ」というものを知った。ワーグナーは、自身の願望・欲求の表象として「女性の純愛による救済」というものをテーマにしたけれど、よく考えるとそれは女性への恐れの裏返しのようなものなのかも。つまり、彼のように様々な女性遍歴を繰り返す男というのは「恐るべき女性」というものを乗り越えようと、そして支配しようという欲求からそういった行動を起こしてしまうものなのだろうと想像する。決して恐れる対象ではないけれど、確かに女性の方が強いことは間違いない。

昨日、宮崎県の霧島東神社を詣でて、森羅万象、神々しさに感動した。何より鳥や虫や生きとし生けるものの、混沌のうちに「調和」を感じることができたことが素晴らしかった。そういえば、ジークフリートは鍛え上げたノートゥングにより大蛇ファーフナーを一撃に殺し、剣についた血を舐めたことで鳥の声が理解できるようになったんだった・・・。しかも小鳥の案内(女声)で炎に包まれるブリュンヒルデのことを知るのだから、森の音たちには母なる宇宙につながる何かがあるのだろう。あの澄んだ空気と静けさと、そしてそこに木魂する生物の発する音にずっと浸っていたかったくらい・・・。

「ニーベルンクの指環」4部作の中でも「ジークフリート」は最も地味な作品だ(と思う)が、物語の展開上鍵になるエピソード満載で、しかも滔々と流れる室内楽的音響の素晴らしさにここのところ一番よく聴く作品。繰り返し聴くたびに心が躍り、ますます高揚する。

ワーグナー:楽劇「ジークフリート」
ヴォルフガング・ヴィントガッセン(ジークフリート、テノール)
エルヴィン・ヴォールファールト(ミーメ、テノール)
テオ・アダム(さすらい人、バリトン)
グスタフ・ナイトリンガー(アルベリヒ、バリトン)
ビルギット・ニルソン(ブリュンヒルデ、ソプラノ)
クルト・ベーメ(ファーフナー、バス)
ヴィエーラ・ソウクポヴァー(エルダ、アルト)
エリカ・ケート(森の小鳥の声、ソプラノ)
カール・ベーム指揮バイロイト祝祭管弦楽団(1966.7.29Live)

当時のバイロイト音楽祭に出演する歌手の凄さよ!ベームらしい中庸のテンポでオーケストラをドライブ、それぞれの歌手の魅力を最大限に引き出す。白眉は何と言っても終幕のジークフリートとブリュンヒルデの二重唱(終曲の「私は永遠でした、今も永遠です」~「輝ける愛!笑っている死!」に「マイスタージンガー」の主題の木魂を聴くのは僕だけか?)だが、それ以上に第2幕第3場「ジークフリートとファーフナーの戦い」の場面が素敵。ファーフナー演ずるベーメの唸り声のおどろおどろしさ!!(妙なところで感動・・・笑)それと、同じ場面でのヴォールファールトのミーメも!!

聴き終えたとき思った。確かに異性というものの登場により人は「恐怖」というものを覚えたのかも。なぜなら男と女は別の生物、おそらく別の星から来た生物だろうから。ワーグナーの想定もあながち間違ってはいまい。この世に存在する2つの性は互いにぶつかり合い、修業をし、そのプロセスを経て互いに認め、受け容れ合ってゆくべきということなんだ。

 


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