ヴァント&北ドイツ放送響のブラームス第1交響曲を観て思ふ

wand_schleswig-holstein_music_festival_1997何という鋭い眼光!
オーケストラを一手に掌握し、まさに王として君臨するかのごとく。トスカニーニ然り、ムラヴィンスキー然り。彼らの、音楽に対する妥協のなさには言葉を失うほど。
団員に罵詈雑言まで浴びせ組織を統率する灼熱のトスカニーニと、微に入り細を穿ち、徹頭徹尾詳細な「反復練習」を重視する冷徹のムラヴィンスキー。そこから生み出される音楽はいずれも熱い。

一音漏らさず聴き取り、問題の個所は繰り返し何度も練習する。例えばムラヴィンスキーのリハーサルなどはそれほどに熾烈で、団員にとってはある種拷問に近いものだったらしい。しかし、そういうムラヴィンスキーもショスタコーヴィチの「耳」には敵わなかった。交響曲第8番を練習する時のエピソードが興味深い。

第1楽章の全体のクライマックスのそれほど前でない所では、イングリッシュ・ホルンが第2オクターヴの非常に高い音を出さなければならない。ここではイングリッシュ・ホルンはオーボエとチェロで重複され、オーケストラ全体の中でほとんど聴き取ることができない。このことを考えて、リハーサルでイングリッシュ・ホルン奏者は、クライマックスのすぐ後に来る、壮大で決定的なソロのパッセージの前で、唇を維持するために1オクターヴ低く演奏した。オーケストラ全体のクライマックスでイングリッシュ・ホルンを聴き、この楽員の小さなごまかしを指摘することはほとんど不可能だった。私はこれに気づかなかったと告白しなければならない。しかしながら、私の背中の後ろの正面席から突然ショスタコーヴィチの声が聞こえた。「どうしてイングリッシュ・ホルンが1オクターヴ低く弾いているので」。私たち皆が打ちのめされ、オーケストラは演奏を止め、数秒間が過ぎた後、私たちは作曲家に拍手喝采を始めた。
グレゴール・タシー著、天羽健三訳「ムラヴィンスキー高貴な指揮者」P152

音楽をすることはコミュニケーションだ。言葉でない、非言語情報による指揮者とオーケストラのやりとり。中でも「アイコンタクト」というのは、あらゆるものを超える、何物にも代えがたい術のよう。かの大指揮者たちと同様、ギュンター・ヴァントの眼光も実に鋭かった。それでいて、理想の音が出てきたときの何とも柔和な視線。この緊張と弛緩によってオーケストラを自身の手足のように掌握する・・・。やっぱりこの人はドイツの伝統に根差した究極のマイスターだ。

久しぶりに晩年のシュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭でのパフォーマンスを観た。
優れた解釈と精緻な演奏。老練の極みでありながら出てくる音楽は実に若々しい。この人のリハーサルも細かかったらしい。おそらく、耳も相当に良かったのだろう。

シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭1997
・シューベルト:交響曲第5番変ロ長調D.485
・ブラームス:交響曲第1番ハ短調作品68
ギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送交響楽団(1997.8.24Live)

重厚でどちらかというと遅いテンポに慣れ親しんでいた僕は、ヴァントの颯爽としたテンポの第1楽章を初めて聴いた時、驚いた。いや、しかし、この表現が実にはまるのである。そして、フィナーレの主部直前に現れるトロンボーン、ファゴットによるコラール、あるいはホルンの朗々たる旋律は、まさにクララに贈った旋律だけあり、愛に満ちる。
第1主題の深い呼吸。その後のアッチェレランドによる音調の変化は、この音楽がまるでたった今生み出されるかのような錯覚に陥らせる。
さらに、阿修羅の如くのコーダに。打ち鳴らされるティンパニの轟音、掻き鳴らされる弦楽器群、咆える金管群・・・。
最後は超満員の聴衆による怒涛の拍手喝采・・・。

愉悦的でありながら「理知」に富むシューベルトも素敵。

リヒャルト・シュトラウスはかつて、こう言ったそうです。70歳にして、人は初めて指揮がかくも難しいことを知るだろう。そして今日私はこう申し上げます。私はたゆまず学び続け、けっして学び尽くすことがないと。これこそがわれわれ人間を若々しく保つものなのです。
~ギュンター・ヴァントのインタビューより
ヴォルフガング・ザイフェルト著、根岸一美訳「ギュンター・ヴァント~音楽への孤高の奉仕と不断の闘い」P284

 


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2 COMMENTS

畑山千恵子

ヴァントが北ドイツ放送交響楽団とともに来日して、シューベルト、交響曲第7番「未完成」、ブルックナー、交響曲第9番を演奏したコンサートを聴きに行きました。その時、ヴァントがステージマネージャーに支えられて出てきましたね。とはいえ、シューベルト、ブルックナー、どちらも素晴しい演奏でした。

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