ザンデルリンク&ムラヴィンスキーのチャイコフスキー交響曲集(1956)を聴いて思ふ

tchaikovsky_sanderling_mravinsky_1956エフゲニー・ムラヴィンスキーが手兵レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団と西側を楽旅した際にドイツ・グラモフォンによって録音された2種類の「チャイコフスキー集」。一般的に有名なのは1960年のステレオ録音だが、少なくとも演奏だけを考えるとその4年前のモノラルの方に一日の長があるように僕は思う。

ムラヴィンスキーの実演に触れたことのない僕にとってその判断はまったく独断と偏見によるものなのだが、通常彼の実況録音盤などで聴かれるあまりに強調された金管群の咆哮に、その風圧に圧倒されながらも、本当にこういうバランスで音が鳴り響いていたのかという疑問をいつもどこかで抱いていた。その点、1956年のチャイコフスキーの楽器のバランスの見事なこと。どちらかというと弦楽器主体のいかにもモノラル録音という態が、そして音がひとつの塊として耳に届く様が実演の音に近いように感じさせ、逆にムラヴィンスキーの音楽の本懐を表しているように思えてならないのである。

これこそまさに「レコード芸術」なのだろう。ムラヴィンスキーがその頃を境にいわゆるスタジオ録音を止めてしまったことが何だか残念でならない。この人の芸術は録音には収まりきらないと言われる。しかしながら、レコードと実演というのはまったく別の芸術形態なのだと考えればそもそも納得のゆく話で、チェリビダッケらかつての指揮者たちがこぞって録音というものに懐疑的だったことはわからなくないものの、プロデューサーやエンジニアや、そういう人々との共同作業である「レコード」というものを一段下のものと見るのでなく、ひとつの「芸術」としてとらえてもらえていたなら「レコード芸術」全盛時代のスタジオ・アナログ録音を演奏者側ももっと楽しめたろうにと、隔靴掻痒の思いが・・・。

そんなことをこの世紀のチャイコフスキー録音を聴いてあらためて考えた。

このオーケストラは、コンツェルトハウス大ホールでさらに数日間を過ごし、チャイコフスキーの後期交響曲を録音した。クルト・ザンデルリンクがチャイコフスキーの第4番を、ムラヴィンスキーが交響曲第5番と第6番を録音したのである。第5番は6月26日から27日の3回のセッションで、「悲愴」は合間に1回の休憩をはさんで7時間にわたり1日で、それぞれ録音された。ドイツ・グラモフォンのプロデューサー兼録音技師のハインリヒ・カイルホルツとヴォルフガング・ローゼが、この「悲愴」セッションの責任者だった。記念碑的な録音となったのに、非常に効率的に行われたのも珍しいことだった。この場に居合わせたひとり、シラー教授は「これは英雄的行為だ」と叫んだ。
グレゴール・タシー著、天羽健三訳「ムラヴィンスキー高貴なる指揮者」P224

・チャイコフスキー:
・交響曲第4番ヘ短調作品36
クルト・ザンデルリンク指揮レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
・交響曲第5番ホ短調作品64
・交響曲第6番変ロ短調作品74
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団

音楽の流れが実に自然で、テンポもダイナミクスも、そして楽器のバランスも極めて理想的な名演奏。指揮者の意志が完璧な統一を見せ、オーケストラのそれぞれの独奏パートの、決してテクニックだけでない「詩情」が4年後のもの以上に心に染みる。特に、「悲愴」交響曲は断然こちらの方が上だ。例えば、第1楽章第2主題の立ち上がる際の香気というか色合いのニュアンスというか、ここだけを採り上げてもいかにこの時期のムラヴィンスキー&レンフィルが充実した蜜月を送っていたかの証。続く木管群による掛け合いの何という愉悦の表情・・・。白眉は、終楽章の鉄壁の弦楽器群が金切声をあげながらクレッシェンドしてゆくシーンの恍惚美。この世との決別を表す、楽の音が静まった後の極小の音調も他では感じられない唯一無二のもの。

さて、この「交響曲集」を特別なものにしているのが、第4番だけ若きザンデルリンクが棒を振っている点。これはすごい。この時どうして4番だけムラヴィンスキーが指揮をしなかったのか不思議だったのだが、一聴理解できる。即物的な解釈のムラヴィンスキーに対してザンデルリンクはこの曲のデモーニッシュな側面を一層強調する。そのことが自身が振るより後輩に任せた方がベストだとムラヴィンスキーが判断したのかどうなのか・・・。しかも、やはり金管群は唸り、咆えるのだけれど、決して他の楽器を圧倒し過ぎない(これについては録音上のバランスの問題もあろうが)。何という柔らかくも悪魔的な音楽であることか。

ちなみに、1960年ステレオ録音の技師はハラルド・バウディとヘルムート・シュナイダーによるもの。当時のステレオ録音はそれなりのレベルを保持できるようになっていたのだろうが、モノラルに比較するとやはり人工的な感が否めない(これだけ聴いているとそんな印象はないのだが)。

 


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2 COMMENTS

畑山千恵子

これは初耳です。こんな録音が残っていたとは信じられません。1960年、ザンデルリンクは旧東ドイツに帰国することになりましたから、ロシア時代最後のものになりますね。

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岡本 浩和

>畑山千恵子様
この後期交響曲集は実に出色です。おそらく1960年盤がリリースされて以降ほとんど無視されていてあまり知られていなかったのだと思いますが、演奏そのものは最高です。ご一聴をおすすめします。

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