ボザール・トリオのメンデルスゾーンを聴いて思ふ

mendelssohn_beaux_arts_trio長引く雨。
2ヶ月前に体験したメナヘム・プレスラーの弾くショパンを思い出した。
「老練」という表現を通り越して、あれほど哀感漂う透明な音楽をついぞ聴いたことがなかったものだから、あの時の空気感も含めていまだに僕の脳裏に焼き付いている。おそらくここ数年で5本の指に入る音楽体験だろうと思う。

さすがに50年以上にわたってボザール・トリオを率いてきただけある。
しかしながら、僕の彼のピアノの印象は堅実でもっと地味なものだったから、しかもソロ活動を始めて20年に満たないキャリアということもあり、不覚にもほとんど無視をしていた。

久しぶりにボザール・トリオを聴いて猛省した。
ラフマニノフを聴いて、メンデルスゾーンを聴いた。なるほど、確かに類稀なる求心力の中心にプレスラーの存在がある。

素晴らしい安定した演奏である第1トリオは、フェリックスが最も充実し、幸福だった頃の作品。ちょうど姉ファニー・ヘンゼルが初めてイタリアを訪れるという時で、ヘンゼル夫妻はまずはライプツィヒに住むフェリックスの許に向かったそうだ。

フェーリクスは(1839年)5月にデュッセルドルフのニーダーライン音楽祭での指揮を終えて、8月に身重の妻セシルとともに滞在先のフランクフルト・アム・マインからライプツィヒに戻ってきたばかりだった。セシルは10月2日に第2子の出産を控えていた。ヘンゼル一家はフェーリクスの許に8日間滞在した。この滞在中ファニーは「聖パウロ」に続くフェーリクスの新しいオラトリオ「エリア」の構想に耳を傾け、いろいろと意見を交わし合った。
山下剛著「もう一人のメンデルスゾーン」P138

メンデルスゾーン姉弟の二人三脚的創造活動の一端をここでも垣間見ることができる。おそらくこのトリオについてもファニーの知恵は少なからずあったのだろう(情熱的でありながら流麗でコマーシャルな第1楽章の主題から受ける印象。ただし僕の勝手な空想)。

メンデルスゾーン:
・ピアノ三重奏曲第1番ニ短調作品49(1985.5-6録音)
・ピアノ三重奏曲第2番ハ短調作品66(1989.9録音)
ボザール・トリオ

特にプレスラーのピアノに耳をそばだてた。不思議にも演奏機会の少ない第2トリオの方に僕は一層の魅力を感じた。ここにはもはやファニーの色はなく、晩年のフェリックスの孤高の境地を示す「暗いパッション」に裏打ちされた音楽が脈打つのである。そして、その鍵を握るのがプレスラーのピアノ。第1楽章アレグロ・エネルジコ・エ・コン・フオーコ冒頭の序奏からして意味深い。直後の2つの弦が奏でる主題を支えるピアノの音色も単に伴奏の域を超え、音楽そのものを支配する。
第2楽章アンダンテ・エスプレッシーヴォ冒頭におけるピアノの静かな語りかけが涙を誘う。夢見るような主題を支えるピアノが圧倒的。さらに、スケルツォに続く終楽章アレグロ・アパッショナートの内燃する開放性。
すべてが実に深い。

ちなみに、第1番録音時はバーナード・グリーンハウス、第2番の時がピーター・ウィリーということで、チェリストがこの間に交代している模様。

 


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