メンデルスゾーンの作品中には、ファニーが在って、フェリックスが在る。明朗な精神に満ちるかと思えば、憂鬱な気配にも溢れる。勇猛な旋律が聴こえるかと思えば、静かで癒しを呼ぶ旋律が聴こえる。なるほど、20世紀にモーリス・ベジャールが目指した作品と同様に、男性性と女性性が見事に融和した音楽がここかしこで共鳴するのである。
「言葉のない歌」を生み出したメンデルスゾーン姉弟らしく、彼(ら)の作品は、器楽ものであろうと歌ものであろうと、どんなものも「歌」でいっぱいだ。フレーズがポピュラーでどの瞬間も美しく、しかも開放的。一点の曇りもない「明るさ」の内側に、時折垣間見える曇り空、その「翳り」こそモーツァルトにも似て、聴く者をとことん魅了する。
ペーター・シュライアーの歌を聴く。この人の、特に若い頃の声質はまさにすべてを包み込むような優しいトーンで、メンデルスゾーンの酸いも甘いも様々な体験を直接に表現するよう。例えば、ゲーテの詩に曲を付けた「はじめての失恋」作品99-1の、ピアノによる囁くような前奏からメンデルスゾーンの巨匠への大いなる憧れと愛が溢れる。
ああ、あの美しかった日々を、
あの初恋の日々を、
ああ、ただそのひとときでもよい。
あの至福のときを返しておくれ!
(訳詞:喜多尾道冬)
人はかつてを懐かしむのだ。そして、時に後悔の念を燃え立たす。その時の、シュライアーの感情移入がまた素晴らしい。
メンデルスゾーン:歌曲集
・春の歌作品47-3(詩:ニコラウス・レーナウ)
・挨拶作品19-5(詩:ハインリヒ・ハイネ)
・春の歌作品34-3(詩:カール・クリンゲマン)
・春の歌作品19-1(詩:ウルリヒ・フォン・リヒテンシュタイン)
・旅の歌作品57-6(詩:ヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフ)
・問い作品9-1(詩:ヨハン・グスタフ・ドロイゼン)
・新しい愛作品19-4(詩:ハインリヒ・ハイネ)
・月作品86-5(詩:エマヌエル・ガイベル)
・魔女の春の歌作品8-8(詩:ルートヴィヒ・クリストフ・ハインリヒ・ヘルティ)
・恋の歌作品34-1(詩:ドイツ古謡)
・狩の歌作品84-3(詩:子どもの不思議な角笛より)
・ゆりかごのそばで作品47-6(詩:カール・クリンゲマン)
・歌の翼に作品34-2(詩:ハインリヒ・ハイネ)
・古いドイツの春の歌作品86-6(詩:フリードリヒ・シュペー)
・あしの歌作品71-4(詩:ニコラウス・レーナウ)
・ヴェネツィアのゴンドラの唄作品57-5(詩:トーマス・ムーア)
・旅の歌作品34-6(詩:ハインリヒ・ハイネ)
・はじめての失恋作品99-1(詩:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ)
・秋に作品9-5(詩:カーウ・クリンゲマン)
・羊飼いの歌作品57-2(詩:ルートヴィヒ・ウーラント)
・冬の歌作品19-3(詩:スウェーデン民謡)
・小姓の歌(遺作)(詩:ヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフ)
ペーター・シュライアー(テノール)
ヴァルター・オルベルツ(ピアノ)(1971.9.27-30録音)
裕福な家庭に育っての特別な教育、当然そこには厳格さがあった。一方でユダヤ人差別によるいじめ。いろいろな意味で他と「区別された」彼の幼少期から察するに、メンデルスゾーンの心の内は、本当は随分暗かった・・・。
ニコラウス・レーナウ、カール・クリンゲマン、ウルリヒ・フォン・リヒテンシュタインらの「春の歌」に付曲する行為そのものが、彼の春への憧れを表し、それはすなわちイタリア的なもの、暖かさ(温かさ)を希求していたのだろうか。さらには、おそらく「旅」への欲求、すなわち厳しい現状を抜け出したいという欲求の強さからアイヒェンドルフとハイネの「旅の歌」にも曲を付けたのでは・・・?
空想はどこまでも終わらない。
メンデルスゾーンはあまりに美しい。
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