ラクリン、今井&マイスキーの「ゴルトベルク変奏曲」(弦楽三重奏版)を聴いて思ふ

bach_goldberg_rachlin_imai_maisky010久しぶりにシトコヴェツキー編曲による弦楽三重奏版ゴルトベルク変奏曲を聴いた。
これは、一般的に言われる、不眠に悩むゴルトベルク伯爵のためにバッハが書いた誘眠音楽などではなく、愛する妻アンナ・マグダレーナのために書いた音楽のラブレターなのではないかと空想した。

アンナ・マグダレーナ・バッハの「バッハの思い出」(山下肇訳)をひもとく。もちろん今ではこれがアンナの真筆によるものでなく、エスター・メネルというイギリス人女性が20世紀になって書いた「フィクション」であることは有名な話だが、たとえそれでも、いかにもヨハン・セバスティアン・バッハという稀代の天才のあまりに人間っぽい人間らしさを垣間見るようで興味深い。

あの婚礼の日から後は、私には彼以上の人生はありませんでした。まるで私は大海に注いだ一筋の小川のようなものでした。予期したよりもはるかに深くはるかに広い生命の海に没入し包みこまれてしまったのです。こうして年を追うてこよなき信頼感をもって彼と暮らしておりますうちに、ますます彼の偉さがわかるようになりました。よく私には彼があんまり力強く偉大に見えて驚くほどのことがありましたが、でも私は愛していたればこそ彼を理解しました。
私たちの結婚を祝って、彼は私のために歌を一つ書きました。それを彼は後に、他のものと一緒に私の楽譜帳に集めておいてくれました。

いとし清らの新妻よ
君がしもべの今日の幸福(さち)
花とかざりし装いの
君がすがたを仰ぎては
誰か心のたのしさに
寿がざらめ君が幸福(さち)
あふるる胸とくちびるの
わがよろこびを問いたまえ。

これが、私の結婚への贈物、そしてその後に来るべき幸福の前触れでございました。
「音楽の手帖 バッハ」(青土社)P54-55

ゴルトベルク変奏曲が鳴り響く。何と柔らかく瞑想的なアリアであることか。そして、第1変奏に現れる躍動感はバッハが楽譜帳に書いたとする言葉と見事に共鳴する。

J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲BWV988(ドミトリー・シトコヴェツキーによる弦楽三重奏版)
ジュリアン・ラクリン(ヴァイオリン)
今井信子(ヴィオラ)
ミッシャ・マイスキー(チェロ)(2006.2録音)

まるでこの音楽が最初から弦楽三重奏、あるいは弦楽合奏のために書かれたのではないかと思えるほど堂に入る編曲。何より、ヴァイオリンの叫ぶ喜びの旋律と、ヴィオラの歌う悲しみの音楽と、そしてそれらを支えながらも時折慟哭するチェロの深い深い祈りの音調に聴く者は思わず釘付けになる。
それこそどの瞬間をとってもバッハが新しき妻に想った「優しさ」に溢れる30の変奏が、たった今生み出されたが如く奏されるのである。

特に、第26変奏以降は、僕の個人的趣味もあり、心震えずに聴くことができない。何という「天の声」!!何という「調和」!!地が蠢き、天が静かにうねる。

bach_goldberg_katsuya_matsubara011ところで、「ゴルトベルク変奏曲」には、松原勝也氏の編曲による珍しい弦楽五重奏版というものもある。5声にすることで音楽の厚みは確かに助長されるものの、見通し、透明感は弦楽三重奏版に一日の長あり。果敢な試みであることは認めるが、どちらかというとロマン派風の響きで、ある意味「装飾」が過ぎるように僕には思われる。バッハの音楽はよりシンプルな方が良い。

J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲BWV988(松原勝也編曲による弦楽五重奏版)
松原勝也(第1ヴァイオリン)
山崎貴子(第2ヴァイオリン)
柳瀬省太(ヴィオラ)
菊池知也(チェロ)
吉田秀(コントラバス)(2012.10.15録音)

 

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