ズービン・メータ指揮バレンシア州立管の「ラインの黄金」を観て思ふ

wagner_rheingold_mehta_valenciana基本的にはメトロポリタン歌劇場のような、台本のト書に忠実で極めてオーソドックスな演出が好みだが、バレンシア州立管弦楽団による「ラインの黄金」を観て、ワーグナーの音楽は、いや、舞台総合芸術という創作そのものの懐の深さは甚大で、どんな先鋭的な演出でも受け容れ得るものなんだと感心した。何より観る者をあっという間に魅せるのだから恐れ入る。

例えば、冒頭、3人のラインの乙女がシンクロナイズド・スイミングさながら、各々ボックス型プール(?)に潜水し、演じ歌う様は大胆かつ実に圧巻で、これまでこういう演出を観たことがなかったものだから本当に驚いた。あるいは、第4場で囚われのフライアを囲む黄金や、最終シーン「神々のヴァルハラ城への入場」におけるヴァルハラ城を世界的舞踏集団ラ・フラ・デルス・バウスによる群舞を使うという斬新さに心動かされた。
何より全編を通じ、CGを駆使したこのSF的な舞台に違和感は一切なく、むしろ「指環」という巨大な音楽劇の幕開けとなる重要な一編を、おそらく初心者にも容易かつ緻密に理解できるだろうものに仕上げていることに舌を巻くのである。これは、いわゆる流行の「読み替え」ではなく、あるいは奇を衒ったゲテモノ的なものでもなく、あくまで物語に沿った、基本線のぶれることのない演出に止めを刺す名舞台であり、その上で音楽を支えたズービン・メータの地に足のついた指揮に賛辞を送るべきパフォーマンスだといえよう。

ワーグナー:楽劇「ラインの黄金」
ユハ・ウーシタロ(ヴォータン、バリトン)
ジョン・ダンザック(ローゲ、テノール)
マッティ・サルミネン(ファーゾルト、バス)
フランツ=ヨーゼフ・カペルマン(アルベリヒ、バリトン)
アンナ・ラーション(フリッカ、メゾソプラノ)
スティーヴン・ミリング(ファーフナー、バス)、ほか
ズービン・メータ指揮バレンシア州立管弦楽団(2007.4 & 5Live)
演出:カルルス・パドリッサ(ラ・フラ・デルス・バウス)

この楽劇の見どころはやっぱり最終の第4場。強欲で地に堕ちた神々の長ヴォータンを諭すために突然現れる巫女エルダの意味深く妙齢な歌唱。

太古より
未来永劫にわたる
現し世のありさまを
くまなく見通す私こそ
万物に通じた
始原の巫女。
そのエルダがあなたの胸に問うのです。
わが胎から
劫初の昔に生まれ出た
3人の娘、ノルンたちが
わが見しことを
夜ごとの夢でそなたに告げる、
ただ今日ばかりは
ゆゆしき事態がさしせまり
憂いのあまり自ら参上したしだい。
お聞きなさい、しかと耳を傾け!
盛者必衰の理を。
陰鬱な日々が
神々にも訪れようとしています。
そなたに告げます―指環を避けよ!
日本ワーグナー協会監修/三光長治・高辻知義・三宅幸夫・山崎太郎編訳「ラインの黄金」(白水社)P105

この言葉こそ「ニーベルンクの指環」を知る上で鍵となるものであり、晩年のワーグナーの「再生論」を理解するための大いなる指南となるものだと僕は思う。果たしてそのことは、混迷の現代を生きる僕たちの今後の生き方をも示唆するものになり得るとも。
著作「オペラとドラマ」において、ワーグナーは言う。

政治的国家が成立して以来、たとえそれ自体がいかに決然たる意図をもって国家の強化を目指していようと、国家を没落に導くようなものでしかなかった。

ヴァルハラ城を築く費用を賄うためにアルベリヒから指環ほか財宝を奪った行為そのものが咎められるべきものだと。因果応報なのである。
今やどこでも謳われることだが、欲にまみれる人間世界は、すべてそういう「環(わ)」の中に在ることをひとりひとりがあらためてよく知るべきだということでもある。

さて、ここからは空想(あるいは妄想)。
カルルス・パドリッサの演出では、最後のヴァルハラ城は「6人×5段」の群舞によって表現されるが(ジャケット写真はまさにこの場面)、この6人は仏教でいうところの「六道輪廻」、あるいはユダヤの紋章でもある「六芒星」の象徴なのかなどとも考えた。ちなみに「六芒星」の本来の意味は、天と地が正しく結ばれ、多元的世界を実現することなので、二元的世界の権化であるヴァルハラ城の表現としては少々無理がある。
ならば、むしろ人間の内臓を東洋では「五臓六腑」などと表現し、一つの宇宙とみなすことから、「ミクロコスモス=をマクロコスモス」を表そうとしたと考えてみるのも面白いかも。
いずれにせよ堕落した神々(=人間)が拵えた幻だということだ。巫女エルダの歌が一層哀しく響く。

 

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2 COMMENTS

畑山千恵子

「ニーベルンゲンの指輪」、まだ「ヴァルキューレ」だけしか見ていません。二期会によるツィクルス上演があるといいとはいえ、実現するでしょうか。そうなったら、見に行きたいものです。

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