ニジンスキー版「牧神の午後」に思いを馳せ、アンセルメの「牧神の午後への前奏曲」を聴いて思ふ

debussy_ansermet_odlsr1913年5月29日、シャンゼリゼ劇場での「春の祭典」初演のスキャンダルに負けず劣らず物議を醸したのが、そのちょうど1年前1912年5月29日のシャトレ座における「牧神の午後」初演である。ピエール・モントゥー指揮、ヴァスラフ・ニジンスキーとリディヤ・ネリドワが主役を演じたいわゆるモダン・ダンスの嚆矢といわれる作品。
以前、目黒庭園美術館での「舞台美術の世界~ディアギレフのロシアバレエと舞台デザイン~」にて、「薔薇の精」、「ペトルーシュカ」とともにオペラ座による映像が公開されたことがあるが、それを観たとき、今でこそ妖艶かつ美的センスに富んだ舞踊だと断言できるもののなるほど100年前だと確かに猥雑な印象を与えたのも仕方ないのかと思った(とはいえ、印象というのはあくまで受け取り側の思考であり、猥雑に感じた人の頭こそ猥雑だということなのだから、ディアギレフやニジンスキーは絶対に間違っていなかった。そもそも芸術とはそういうもの)。

もちろんすべてはディアギレフの計算のうちにあった。リハーサルではニンフの残したスカーフに横たわるニジンスキーの、ほとんどマスターベーションのような最後のポーズに関係者の中でも賛否両論が巻き起こったそうだが、ディアギレフは譲らなかった。

皆、熱心に舞台に見入った。終わりの場面では観客の半数が熱狂的に支持し、あとの半数は不満を訴えた。ディアギレフは明らかに目を剥いた。友人たちに警告されていたけれど、こんなに恐ろしい反応が観客から返ってくるとは思ってもいなかった。いままで上演された作品で、こんなあしらいを受けた作品はなかった。・・・
ニジンスキーは、ディアギレフに劣らず慌てていた。明らかにニジンスキーは、自分の処女作がこんな騒ぎを引き起こすとは思っていなかった。気の毒だが、騒ぎはこれで終わりではない。次の日、プレスの半分はディアギレフを不道徳ということで非難し、ニジンスキーの最後の動きに抗議した。
セルゲイ・グリゴリエフ著/薄井憲二監訳/森瑠依子ほか訳「ディアギレフ・バレエ年代記1909-1929」(平凡社)P75-76

何はともあれ、こういうスキャンダルが「牧神の午後」という作品そのもの、引いてはバレエ・リュスの宣伝になったことは間違いない。さすがに天才興行師と呼ばれたディアギレフだけある。
ちなみに、同年5月30日に「フィガロ」紙に発表された、編集長ガストン・カルメットの評は次のようなものだ。

われわれが見たのは、エロティックな野獣のいやらしい動きと、ひどい破廉恥な身振りをする下品な牧神であった。正当な口笛が、格好の悪い、顔の醜い、横顔はもっと醜いこの獣の肉体の、あまりにも誇張したパントマイムを迎えた。真の観衆は、こうした動物的な実在は決して受け入れないであろう・・・」
市川雅編「ニジンスキー頌」(新書館)P73-74

周囲が騒げば騒ぐほど、一方でそれに反対し、賞賛する群衆が現れるのは世の常。この時も老オーギュスト・ロダンが立ちあがり、絶賛した。「ル・マタン」紙のロダンの記事には次のようにある。

ニジンスキーの最近の役の中でこの役ほど、注目に値するものはない。そこにはもはや跳躍はなく、半分無意識な獣の身振りや姿勢が存在するのみだ。彼は横になり、自分の肘にもたれかかり、膝を曲げながら歩いたかと思うと、ある時はゆっくり、またある時はぴくぴく動くように前進し、後退しそして直立する。彼の目は輝き、腕をのばし、そして両手をまっすぐに開き指を合わせる。自分の頭を曲げ、自分の欲望を自然にみえる慎重さでしかも不器用に表現し続ける。形式と意味は、彼の肉体の中で分離することもなく結びついていて、それは完全に内面を表わしている。彼の美は古代のフレスコ画や彫刻の美である。
~同上書P241

ここに評論家と芸術家の感性の違いが明確に現れている。おそらくどちらの意見も正しい。しかし、現代までの「牧神の午後」に対しての一般的(あるいは伝説的)評価を考慮すると、やはり時代の先を読み、先取りする芸術家の方に分があるように思う。

エルネスト・アンセルメを聴いた。

ドビュッシー:管弦楽曲集
・交響組曲「春」(ビュッセル版)(1957.4録音)
・牧神の午後への前奏曲(1957.11録音)
・夜想曲(1957.11録音)
・3つの交響的素描「海」(1957.11録音)
・クラリネットと管弦楽のためのラプソディ(1964.12録音)
アンドレ・ペパン(フルート)
ロベルト・グークホルツ(クラリネット)
スイス・ロマンド合唱団
エルネスト・アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団

アンドレ・ペパンによるフルート・ソロに始まる「牧神」の、気怠いというよりどちらかというと晴れ渡った明朗な音調に、ドビュッシーの別の側面を垣間見る。決して機能的とは言えないスイス・ロマンド管の頼りなげなアンサンブルの上に響くハープの音とトライアングルの微かな響きに僕はエロスを感じとる。これこそニジンスキー版「牧神の午後」の妖艶美に引けを取らない音。

1912年のニジンスキーによる「牧神の午後」(フルバージョン)
ヌレーエフによる「牧神の午後」

 

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