シュヴァルツコップ&ギーゼキングのモーツァルト歌曲集(1955.4録音)ほかを聴いて思ふ

僕の耳にワルター・ギーゼキングのピアノは、どうしても冷たく響く。
一方、エリーザベト・シュヴァルツコップの歌うモーツァルトには、モーツァルトよりもシュヴァルツコップ自身を感じてしまうのだ。誰もが第一に推薦する名盤だとはわかっていても、僕はどうしてもいまひとつ好きになれなかった。

父レオポルトが亡くなる10日前に完成された歌曲に「老婆」という作品がある。
フリードリヒ・フォン・ハーゲドルンの詩による歌は、その詩ともども音楽も滑稽でありながら、父のことを予感してかどこか仄暗い。

私の頃にはね
正しいこと、当り前なことが通用した。
あの頃だって、子供が大人になり、
身持ちのいい娘が嫁になれた。
でも、みんな慎しみを知っていた。
(いい時代だったね!)
(石井宏訳)

老婆というより、年を召した人間がかつてを懐かしむように「昔は良かった」と嘆くことは今の時代もしばしばあること。時代と共に人間が進化しているのか、はたまた退化しているのか、それはわからないが、モーツァルトはこういうどこにでもある俗っぽい詩に音楽を付けることを好んでいた。おそらくそこには嘲笑があろう。また、肯定しながら批判精神にも溢れていよう。モーツァルトにとって音楽は「食べるための手段」であった。しかし、ちょうどこの頃から獲得したであろう哲学性は、俗っぽさを反転させ、背面にある聖なるものを浮き彫りにした。ここにあるのは封建社会の、「正しい」とされたモラルをあえて壊そうとする革新的な精神なのだと僕は思う。

モーツァルト:歌曲集
・静けさがほほえみながら K.152
・鳥よ、年ごとに K.307(フェランド詩)
・寂しい森の中で K.308(デ・ラ・モッテ詩)
・かわいい紡ぎ娘 K.531(イェーガー詩)
・ルイーゼが不実な恋人の手紙を焼いた時 K.520(バウムベルク詩)
・夕べの想い K.523(カンペ詩)
・子供の遊び K.598(オーヴァーベック詩)
・老婆 K.517(ハーゲドルン詩)
・夢のすがた K.530(ヘルティ詩)
・すみれ K.476(ゲーテ詩)
・魔法使い K.472(ヴァイセ詩)
・春のはじめに K.597(シュトゥルム詩)
・別離の歌 K.519(シュミット詩)
・満足 K.349(ミラー詩)
・クローエに K.524(ヤコビ詩)
・春へのあこがれ K.596(オーヴァーベック詩)
エリーザベト・シュヴァルツコップ(ソプラノ)
ワルター・ギーゼキング(ピアノ)(1955.4.13-16録音)
モーツァルト:コンサート・アリア集
・心配しなくとも良いのです、愛する人よK.505(ヴァレスコ詩)
・私は行く、しかし何処へ?K.583(ダ・ポンテ詩)
・偉大な魂と高貴な心K.578(パロムバ詩)
・我が感謝を受け給え、やさしい保護者をK.383
エリーザベト・シュヴァルツコップ(ソプラノ)
アルフレート・ブレンデル(ピアノ)
ジョージ・セル指揮ロンドン交響楽団(1968.9.10,11,14&18録音)

最近になってようやくわかったのは、マイナスとマイナスが掛け合わされてプラスになる如く、俗っぽさがと冷徹さが重ね合うことによるシナジーが、多くの人々の心を癒してきたのではないかということ。「春へのあこがれ」など、あまりに感情が前面に出ている気配が実に人間臭く、今となっては逆に大いなる共感に結びつくほど。ここでのギーゼキングの伴奏は、いかにも愉悦に満ちる(ように聴こえる)。

ところで、セル指揮ロンドン響とのコンサート・アリア集が素晴らしい。
ブレンデルのピアノを伴った「心配しなくとも良いのです、愛する人よ」K.505での思いのこもった深みのある歌唱。また、「私は行く、しかし何処へ?」K.583の、困窮の最中とは思えぬ楽観的な響きと、困窮の最中らしい惑いのある歌詞の両極端はモーツァルトの本懐。シュヴァルツコップの表現は悲観と楽観の両方を合わせのむ巧みさ。

私は行くわ、でも、どこへ?
もし、あの方の苦しみに
そして私のこの嘆きに
神様が同情して下さらないのなら
私は行くわ、でも、どこへ?
(石井宏訳)

どこへ行くというのか?
おそらく、モーツァルトが肯定する黄泉の国を指すのだと僕は思う。
シュヴァルツコップの歌は、いずれにせよ人間味に溢れる。
それで良し。モーツァルトは人間だったのだから。

 

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