リリー・クラウスのモーツァルトK.330ほか(1967-68録音)を聴いて思ふ

mozart_complete_sonatas_kraus純粋無垢な、ありのままのモーツァルト。
リリー・クラウスのモーツァルトは、不純なものが一切排除された透明な美の象徴。旧いモノラル録音も新しいステレオ録音も、技術的な衰え云々は横に置くとして、いずれもが他のどんなピアニストの追随をも許さない自然さ、自由さに満ちる。
K.330の天衣無縫の愉悦的響きの第1楽章アレグロ・モデラート。そして、哀しみを湛えた第2楽章アンダンテ・コン・エスプレッシオーネの深沈たるピアニズム。その上、第3楽章ロンド、アレグロにおいては、ゆったりとこれでもかとばかりにヴォルフガングの可憐な心を歌う。
K.331の第1楽章の主題は実にそっけない。しかしながら、変奏に入るや、音楽はみるみる活き活きとし、音色が実にバランス良く躍動する。第2変奏の、流れる水の如くの音調に心動き、左手の強調に快哉を叫ぶ。第3変奏の悲哀はヴォルフガングの確たる知力を表現する。第4変奏の跳躍に天にも昇る思い・・・。続く第5変奏はこの上ない癒し。そして、最後の変奏に見る変幻自在の「目論み」に微笑まざるを得ない。
慈愛に溢れる第2楽章メヌエットを経て紡がれる第3楽章「トルコ行進曲」の蠱惑的な音響。何もやっていないようで、この透き通った色気はクラウスならでは。いずれもが理想的なテンポ。モーツァルトの音楽は実に安寧。

モーツァルト:
・ピアノ・ソナタ第10番ハ長調K.330
・ピアノ・ソナタ第11番イ長調K.331
・ピアノ・ソナタ第12番ヘ長調K.332
・幻想曲ニ短調K.397(385g)
・ピアノ・ソナタ第18番ニ長調K.576
リリー・クラウス(ピアノ)(1967-68録音)

とはいえ、K.332に関しては少々精彩に欠け、残念ながらクラウスの真骨頂を伝え切れていないように僕には思われる。この堂々たるソナタには、もっと芯の通ったもっと確信的で分厚いピアニズムが必要だと思うのである。

K.397の幻想曲は、冒頭から暗鬱でくぐもった響きが特長で、「これは!」と思わせるもの。真贋定かでない最後の10小節の暗いトンネルを脱け出たかのような明快さに拍手喝采。これぞリリー・クラウスならでは。

最美は最後のソナタK.576。作曲当時のモーツァルトの経済的困窮の度合いは計り知れず、相変わらずの借金の依頼状が痛々しい。

尊敬すべき結社の友よ!
今は最愛の敵にも望まれないような窮状にあります。あなたに見棄てられたら、私は不幸にも、かわいそうな病気の妻と子供もろとも、罪もないのに、破滅してしまいます。
妻は昨夜また私を驚かせ、絶望的にさせるほど苦しみ、私も一緒に苦しみました。しかし、今朝は妻は熟睡して午前中も楽だったようなので、私も希望をもって仕事に取りかかりました。
そこで唯一の友よ、私にあと500フローリン貸していただけないでしょうか。毎月10フローリンずつお返しいたします・・・
1789年7月12日~15日付、モーツァルトからプフベルク宛
高橋英郎著「モーツァルトの手紙」(小学館)P404

第2楽章アダージョに、心なしか切羽詰った表情が刻印される。当時のモーツァルトの心情をこれほどまでに上手く反映させて表現するリリー・クラウスの力量。稀代のモーツァルト弾きであることがここでも証明される。
さらには、第3楽章アレグレット第1主題の、軽快でありながら見事に力強い打鍵に感動。最後は実に崇高。

実演で聴いたら「さぞかし」だったのだろう。
一度聴いてみたかった。

 

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