Antonio Carlos Jobim:Jobim(1972.12録音)を聴いて思ふ

jobim_1972278真夏の蒸せる暑さの中で微睡む粋。
南半球の3月は夏の終わり。そして、雨季の始まり。
アントニオ・カルロス・ジョビンの「3月の水」と題する名曲に、音楽の魔力を思い知った。
ただひたすらに単語を並べる言葉遊び。意味のない羅列であっても、律動、旋律、あるいは和声など、音楽要素が結びつくことによってどこまでも広がりゆくイマジネーション。
ハスキーで意味深、そしてアンニュイなジョビンの歌声が、それに輪をかける。

棒、石、
行き止り、
切り株、
少しの寂しさ、
ガラスのかけら、
人生、太陽、
夜、死、
罠、銃

毎日降り続ける長雨に、人生で出逢ったものすべてを投影するというセンスに拍手喝采。
水はすべてを映し出す鏡であり、すべてを包み込む母なのである。
そして、中原中也の「在りし日の歌」から「六月の雨」。

またひとしきり 午前の雨が
菖蒲のいろの みどりいろ
眼うるめる 面長き女
たちあらはれて 消えてゆく

たちあらはれて 消えゆけば
うれひに沈み しとしとと
畠の上に 落ちてゐる
はてしもしれず 落ちてゐる

お太鼓叩いて 笛吹いて
あどけない子が 日曜日
畳の上で 遊びます
お太鼓叩いて 笛吹いて
遊んでゐれば 雨が降る
櫺子の外に 雨が降る
大岡昇平編「中原中也詩集」(岩波文庫)P162-163

中也は真夏の戸外の雨を、家中の子どもの無邪気な戯れと対比させ、哀しく、しかし生き生きと描く。水は生命だ。

Antonio Carlos Jobim:Jobim(1972.12.11-14録音)

Personnel
Antonio Carlos Jobim (vocal, piano, guitar, whistling)
Ron Carter (bass)
Airto Moreira (drums, percussion)
João Palma (drums, percussion)
Claus Ogerman (arranger, conductor), etc.

気怠さ漂うスローテンポの「マチータ・ペレー」の途中、一気にギアチェンジされテンポの速まるパートの得も言われるカタルシス。
そして、「テンポ・ド・マール」冒頭の、どこか「月光ソナタ」の旋律を思わせながら、とはいえドビュッシーのような浮遊感に富む音楽にジョビンの革新と天才を思う。

インスト・ナンバー「ウン・ランショ・ナス・ヌーヴェンス」の柔和なストリングスに乗り、木管群によって歌われる旋律の美しさ、さらに「ヌーヴェンス・ドラーダス」の、何ともイージーリスニング的サウンドに眩暈。
真夏の夜更けにジョビン。

あわせて室生犀星「抒情小曲集」。冒頭の「序曲」に膝を打つ。

芽がつつ立つ
ナイフのやうな芽が
たつた一本
すつきりと蒼空につつ立つ

抒情詩の精神には音楽が有つ微妙な恍惚と情熱とがこもつてゐて人心に囁く。よい音楽をきいたあとの何者にも経験されない優和と嘆賞との瞬間、ただちに自己を善良なる人間の特質に導くところの愛。誰もみな善い美しいものを見たときに自分もまた善くならなければならないと考へる貴重な反省。最も優れた精神に根ざしたものは人心の内奥から涙を誘ひ洗ひ清めるのである。
室生犀星「抒情小曲集・愛の詩集」(講談社文芸文庫)P17

言葉と音楽とによる魔法・・・。

 

ブログ・ランキングに参加しています。下のバナーを1クリック応援よろしくお願いいたします。


音楽(全般) ブログランキングへ


コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む