グレン・グールドのバッハ「ゴルトベルク変奏曲」(1981録音)を聴いて思ふ

bach_goldberg_gould_1981人間も動物も、もちろん植物も呼吸をして生きている。
呼吸とは鼓動であり、律動(パルス)である。
そして、その律動(パルス)を源にする芸術が音楽であることを過去の偉大な音楽家は知っていたし、現代の有能な演奏家たちも皆そのことはわかっている。
グレン・グールドを聴いて夢想に耽る。

どんなに恣意的という烙印を押されようと、グールドのバッハ、特に最後の「ゴルトベルク変奏曲」に関しては、まるで生きもののような唯一無二の超絶名演奏だと僕は断言する。
付録でいただいたティム・ペイジとの対話CDを何年か前に採り上げたとき、そこでグールドの「律動(パルス)」についての発言に関してはよくわからないという趣旨のことを僕は書いた。しかしながら、たった今、久しぶりに耳にして、彼のいう意味が何となく腑に落ちた。理屈では説明できないこの名演奏の意味と意義、グレン・グールドでなければ決して許されないであろう分解&再現の風変わりで不思議な解釈が時代を超えなぜこうも持て囃されるのかわかったのである。

明らかに生体と同期する、その名の通り「律動(パルス)」とともにある音楽の空間的かつ時間的伸縮の妙。緩やかで静謐なアリアにはじまり、直後の第1変奏の一気に駆け上がる瞬間のエクスタシーをはじまりとして、全曲を通じて音の流れが「ここはこうであらねばならぬ」という人間に内在する律動(パルス)と完璧に一致する。
グレン・グールドは「ゴルトベルク変奏曲」新録音についてかく語る。

何年もかかって得た結論なんだけど、1個の音楽作品というものは、それがいかに長いものであっても、基本的には、ひとつのテンポ、と言うか、これはあまりいいことばじゃないな、ひとつのパルス(脈拍)というか、リズムの一定の基準を持っていないといけないんだ。だけど、いいかい、ひとつのビートがいつまでも際限なく続いていくものほど退屈なものはない。そういう意味では・・・、ロックは頭にくるね。それに、もっとも深入りしている支持者で熱狂的なプロパガンディストの前で言うけど、ミニマリズムもそうだ。
(宮澤淳一訳)

自然と一体であろうとするなら「ゆらぎ」がないと不自然だとグールドは言う。

いずれにしても変化を知らないような音楽のパルスにはボクは一切賛成しない。そういうものが音楽をことごとく破壊するんだ。でも基本的なパルスを設定して、それを分けたり、倍加させたりするのはかまわない。必ずしも2-4-8-16-32・・・とする必要はないけどね。だけど多くの場合、ほとんどめだたない分割をほどこして、特定の楽章やその一部などに副次的なパルスとしてこういった分割・倍加を応用することは可能なんだ。
(宮澤淳一訳)

その上で、「ほとんどめだたない分割をほどこす」というのがミソ。まるで機械仕掛けのような完全なパフォーマンスのようでいて実にこの曖昧さこそがグールドの演奏の肝。

・J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲BWV988
グレン・グールド(ピアノ)(1981.4.22&5.15, 19, 25録音)

第13変奏から第14変奏に転じる静から動への動きにも、見事な律動が刻印される。そしてまた、前半ラスト第15変奏でのくぐもる静けさと、後半の幕開けとなる第16変奏の華麗なる音響の対比にグールドの天賦を思う。
暗澹たる第25変奏から明朗な第26変奏以降の解放に関してはもはや言わずもがな。
しかしながら、グールドがロック音楽を「ひとつのビートがいつまでも際限なく続く」と誤解しているのは遺憾。

ちなみに、解説書の中で諸井誠氏は次のように書く。

ところで、生涯2度にわたってこの大曲に挑戦したグールドだが、新旧何れの演奏からも、子守唄の効果をひきだすことは不可能であろう。技巧を凝らした解釈。鮮やかな演奏。グールドの挑戦には、何れの場合にも眠気覚ましのアジテーションがある。それにもかゝわらず、グールド自身は、新旧ともに偉大な、そして永遠の新鮮さを宿した名演盤をこの傑作に残して、永眠の床についてしまった。それは、余りに早過ぎる、死神の訪れであった。

とても偉そうだけれど、この言はある意味正しく、ある意味間違っている。
グールドの「ゴルトベルク変奏曲」(新盤)ほど安眠を促す呼吸、パルスを持つ、子守唄に近い音楽の再現はないように(少なくとも僕は)思うゆえ。

 

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