20世紀ロシア、ソビエト連邦という土壌から生まれた二大巨匠の作品が、実に正反対ともいえる性格を持ち、しかしいずれもが聴衆に聴後圧倒的感銘を与える音楽であることをあらためて思い知った一夜。ロック・ミュージック然り、ジャズ・ミュージック然り、20世紀の音楽は時間と空間を共有し、聴くに限る。
デニス・マツーエフの超絶的技巧のアンコールに象徴される、タイトル通りオルゴールの如くの音色を秘めるリャードフの「音楽の玉手箱」と、自ら編曲した重戦車のようなアクロバティックなジャズの名曲「A列車で行こう」との見事なコントラストを体得したようなプロコフィエフの第3協奏曲。
何より濃密で色彩豊かなオーケストラの伴奏と、透明感溢れる、キラキラ光る万華鏡然としたピアノの協奏に恍惚となった。第1楽章アンダンテ―アレグロでの、管弦楽のメロディアスな旋律と野獣のようにピアノを打ち鳴らすピアニストの不思議な一体感に心動かされる。そして、一時の癒しのような変奏曲である第2楽章アンダンティーノを挟み、疾風怒濤のように奏される第3楽章アレグロ・マ・ノン・トロッポの最後の加速と盛り上がりに思わず唸った。
それにしてもリャードフは素晴らしかった。可憐な小さな作品をあんなにも美しく弾けるマツーエフに畏れ入った。また何より、アンコール2曲目、ストレイホーンの「A列車」を、ジャズ・ピアニスト以上にジャジーに弾き切る様にこの人の根っからの情熱的な音楽性と技巧に感動した(マツーエフはどんなピアニストよりすごい)。
第583回サントリーホール名曲シリーズ
2015年6月11日(木)19時開演
サントリーホール
デニス・マツーエフ(ピアノ)
小森谷巧(コンサートマスター)
ユーリ・テミルカーノフ指揮読売日本交響楽団
・プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番ハ長調作品26
~アンコール
・リャードフ:「音楽の玉手箱」作品32
・ビリー・ストレイホーン:「A列車で行こう」(マツーエフ編曲)
休憩
・ショスタコーヴィチ:交響曲第10番ホ短調作品93
~アンコール
・エルガー:「エニグマ変奏曲」~第9変奏「ニムロッド」
後半、ショスタコーヴィチの第10番については解説を見て、そもそもこの作品が作曲当時想いを寄せていた教え子エリミーラ・ナジーロヴァへの一方的な感情を、いわば音楽的に空想したものであったことを知って驚いた。なるほど、交響曲第10番は体制とは無関係で、あくまで個人的な日記や書簡の類であったのである。これぞ二枚舌的ショスタコーヴィチの真骨頂。今宵のテミルカーノフの指揮は大変素晴らしかった。
瞑想的に始まり終わる第1楽章モデラートの、沈みゆく暗澹たる雰囲気を超越し、まさに内側にエロスを秘めた恋の音楽に人間ショスタコーヴィチのパッションを見た。クラリネットによる主題のふくよかな響きに早今宵の演奏の成功を確信。
楽章を追う毎に一層深化するテミルカーノフの両腕は、第2楽章においても絶妙な動きを見せた。あの強烈な心の叫びもどこか温厚で、やはりこの作品が「スターリンの肖像」などではなく、一種ラヴレターであることを物語っていた。
そして、幾秒かのパウゼを挟み、いよいよ作曲者自身の署名音型が現れる第3楽章アレグレットが訪れ、ショスタコーヴィチの意をますます汲み取るように音楽が進行する。中間に出るホルンのモチーフはそれこそエリミーラのイニシャルに由来しているということで、なるほど楽章の後半に進むにつれドミトリーの音型と彼女の音型がひとつになりゆく様に、いずれ2人が真に一体化するよう願うショスタコーヴィチの一途な想いを知った。
続く終楽章アンダンテ―アレグロこそ、テミルカーノフ指揮するショスタコーヴィチの真価を示すだろう。複雑に絡み合う音楽の狂騒。後半、金管の強奏によるドミトリーの音型の突如の咆哮に心揺さぶられ、しばらくの静けさの後の圧倒的コーダの迫力に思わず硬直。
言葉も出なかった。
ところで、アンコールの、徐に奏された「ニムロッド」がまた素晴らしかった。
弦の美しさに痺れ、木管の憂いに涙し、そして管の熱狂に跪いた。
打楽器はショスタコーヴィチにおいては祈りである。
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