希望のベートーヴェン。
重なる推敲を経て発表された最初の弦楽四重奏曲集はどれもが清く美しい。中でも最も早く書かれたというニ長調の、当時の作曲家の心境を反映するかのような愉悦に満ちた響きと屈託のない真っ直ぐな音調に、ベートーヴェンの「本来の素直さ」を思う。
幼少から背負ったものが大きかっただけに苦悩も並大抵でなかった。
ウィーン音楽界でピアニストとして名を馳せた後も妬みから数多の妨害にあったというが、何より作曲家として前進しようという姿勢に心動く。
親愛なるアメンダ!われらの友情の小さな記念としてこの四重奏曲を受け取ってください。また、時折演奏し、その都度われらが過ごした日々を思い出し、それがどれほど素晴らしいものであったか、そして、これからも常に素晴らしいものであるかを心にとどめておいてくれますように。
君の真なる、そして思いやりある友。
(1799年6月25日付、初稿写本の献辞)
~平野昭著「作曲家◎人と作品ベートーヴェン」(音楽之友社)P52-53
とはいえ、これより数年後、さらなる改訂作業を経て作品18-3は、今僕たちが耳にする形になったのだという。
君に捧げたあの弦四重奏曲を君に送らなかった理由は、弦四重奏曲を相当によく書くことが判り始めて以来すっかりあれを書き直しているためだ。今度、弦四重奏曲の幾つかを君が僕から受け取ったら、僕がこの方面で進歩したことが君に判ってもらえるつもりだ。
(1801年6月1日付、カール・アメンダ宛手紙)
~ロマン・ロラン著/片山敏彦訳「ベートーヴェンの生涯」(岩波文庫)P112
上記の手紙において、いよいよ難聴がひどくなる悩みをあわせて故郷の親友に心から打ち明けている様子に、困難こそが人間の精神を成長させるのだということを知る。すべてが必要にして必然。
ベートーヴェン:
・弦楽四重奏曲第3番ニ長調作品18-3(1981.1録音)
・弦楽四重奏曲第4番ハ短調作品18-4(1981.6録音)
アルバン・ベルク四重奏団
ギュンター・ピヒラー(第1ヴァイオリン)
ゲルハルト・シュルツ(第2ヴァイオリン)
ハット・バイエルレ(ヴィオラ)
ヴァレンティン・エルベン(チェロ)
ここでのアルバン・ベルク四重奏団の演奏は決して鋭角的でなく優しく円やか。それでいて現代的センスを纏っており、若きベートーヴェンの潜在的な素直さが実に上手に表現されており、素晴らしい。
特に、ヘ長調作品18-3の第2楽章アンダンテ・コン・モートにおける、後の楽聖の緩徐楽章を髣髴とさせる精神性溢れる安寧の響きの予兆。この愛らしい旋律の内側では時に天使が跳ね、踊り、時に微睡む・・・。まるで少年時代にできなかったことを空想するかのように優しく。あるいは、終楽章プレストの弾ける愉悦!!何よりコーダの、音楽がそっと密やかに閉じられるシーンの美しさ。
また、いかにもベートーヴェンらしい音調のハ短調作品18-4にも、苦悩は一切感じられず、実に大らかな音楽が全編を覆う。とはいえ、終楽章アレグロにおけるロンド主題の切迫感はベートーヴェンならではであり、温和な第2主題との対比に一層の厳しさを思う。
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