ブーレーズのシェーンベルク「ナポレオン・ボナパルトへのオード」を聴いて思ふ

schoenberg_boulez297かつてシュトックハウゼンはシェーンベルクについて次のように評したという。

シェーンベルクの偉大な業績は・・・作曲家にとっての自由を主張したことでした。それは社会とメディアを支配するテイストからの自由、干渉されることなく発展するという音楽にとっての自由を意味します。言い換えれば、ウィーンでの休暇から8日遅れて帰ってきたときに、ザルツブルクの大司教の宮廷官吏に尻を蹴られたモーツァルトのようなことをされるのは許さないと、社会にたいして明らかにした作曲家が彼だったのです。

アレックス・ロス著/柿沼敏江訳「20世紀を語る音楽2」(みすず書房)P411

果たしてそれがその通りなのかどうなのか、残念ながら僕には判断できない。
しかしながら、いわゆる芸術音楽が大衆音楽にとって代わられたこと、すなわちクラシック音楽が衰退する原因が、シェーンベルクが成したという「自由」から生じたものだとするなら、20世紀のクラシック音楽にまつわるすべては、シェーンベルクの功績であると同時に、罪過ともいえるのではあるまいか。
(ただし、そうはいってもシェーンベルクの業績が「作曲家にとっての自由を主張したこと」だとするシュトックハウゼンの言葉は一理ある)

個人的には、シェーンベルクをはじめとする新ウィーン学派の作品はもはや「古典」であり、今となっては一切の違和感、嫌悪感なくその音楽に十分に浸ることが可能な代物だと思う。

シェーンベルク:
・セレナーデ作品24
ジョン・シャーリー=カーク(バス・バリトン)
アンサンブル・アンテルコンタンポランのメンバー
・5つの管弦楽曲作品16
BBC交響楽団
・「ナポレオン・ボナパルトへのオード」作品41
デイヴィッド・ウィルソン=ジョンソン(語り)
アンサンブル・アンテルコンタンポランのメンバー
ピエール・ブーレーズ(指揮)

過渡期的作品「セレナーデ」。十二音技法で書かれた第4楽章「ペトラルカのソネット」を頂点とし、第5楽章「舞踏の情景」の滑稽な調子と、第6楽章「無言歌」の穏健な音調、そして終楽章の深みは前衛の旗手シェーンベルクならでは。果たして彼は現代の作曲家たちに確実に影響を及ぼしたのだろう。

それにしても素晴らしいのは「ナポレオンへのオード」。バイロン卿によるナポレオンへの糾弾の詩を、アドルフ・ヒトラー率いるナチの横暴を重ね、シュプレヒシュテンメによる見事な「頌歌」として構成したその歌は、聴く者の胸を締め付けるほど強烈であり、哀しく切ない。ここではリストのロ短調ソナタやストラヴィンスキーの原始主義時代の作品群の木霊が聴こえるよう。
そしてまた、作品に寄り添い、その音楽の持つエネルギーを十分に表現しきるピエール・ブーレーズの腕は、後に反シェーンベルク的姿勢に回るとはいえさすが。

これで終わりだ だが昨日は王だったのだ!
武装していたのだ 王たちと争うために
だが今お前は名もなき者となり果てた
かくも落ちぶれて-なおも生き長らえている!
詩:バイロン
~梅丘歌曲会館

諸行無常である。
脈々と語り継がれる恨み辛みは、言霊や音霊となって僕たちを刺激する。
もはや水に流すことができない人々は、ますます怒りを内に秘め、次の世代にも争いや諍いを残そうと目論む。
記憶に残すために記録として作品が残されるのだろうが、今の僕たちに必要なことは忘れることなのかもしれない。

 

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2 COMMENTS

雅之

あけましておめでとうございます。

>記憶に残すために記録として作品が残されるのだろうが、今の僕たちに必要なことは忘れることなのかもしれない。

音楽を聴くには、マニアックになればなるほど、逆に「鈍感力」が不可欠になります(そうしないと身も心も持ちません)。

今年は、もっともっと「鈍感力」で行こう!! そうしよう!!!

本年もよろしくお願いします。

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岡本 浩和

>雅之様
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。

>今年は、もっともっと「鈍感力」で行こう!!

雅之さんに倣って僕も「鈍感力」で!
ありがとうございます。

返信する

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