ハンプソン独唱バーンスタイン指揮ウィーン・フィルのマーラー「さすらう若人の歌」ほかを聴いて思ふ

mahler_bernstein_vpo_hampson465吟遊詩人グスタフ・マーラーは言葉を重視した、いや、必要とした。
彼が楽譜に認めた細かい指示は、言葉の代わりである。
その意味では詩をもつ作品であろうと純粋器楽作品であろうと、言葉、すなわち思考は間違いなく反映された。彼の作品の解釈が難しいのはそこだろう。

柴田南雄氏の言葉を借りる。

以上、くどくどと年代を記したが、このように歌曲集「さすらう若人の歌」は「第1交響曲」の何年も前にすでに完成していたのでは全くない。両者の創作時期はほぼ重なっている。また、この4曲からなるミニ交響曲とも言うべき構成感の感じられる歌曲集がオーケストレーションされた時期は、明らかに「第1交響曲」成立後であるなど、どちらが本歌でどちらが借用か、相互の関係は複雑で、通説のように単純に交響曲は歌曲を引用している、と断定することは適当でないことが、お分かりいただけたと思う。
柴田南雄著「グスタフ・マーラー―現代音楽への道」(岩波新書)P51-52

2つは兄弟関係にある。というより双生児だ。マーラーが若き頃より言葉を重視したことがそのことからも推測できる。
ちなみに、マーラーはフリードリヒ・レーア宛の手紙に次のように書く。

僕の道標。つまり、―一連の歌曲を書いたのだ。さしあたり6曲で、すべて彼女に捧げる歌だ。彼女は知らない曲さ。とはいっても彼女が知っていること以外の何をこれらの歌が語り得ようか。最後の歌を同封して送る、つましい言葉ではほんの一部も伝えられないが。―これらの歌は、一人のさすらいの若人が運命に見舞われ、今や世の中に出てゆく、かくしてまた先へ先へと遍歴を続けてゆく、といった風な構想でまとめられている。
(1885年1月1日付、カッセルにて)
ヘルタ・ブラウコップフ編/須永恒雄訳「マーラー書簡集」(法政大学出版局)P37

ここでの「彼女」とは、コロラトゥーラ・ソプラノのヨハンナ・リヒターのことだが、同じ手紙の中での状況説明は何とも切ない。

昨晩は彼女のところに二人きりでいて、一緒にほとんどだんまりを決め込んで新年の到来を待っていたのさ。彼女の想いは今現在のところには留まっていなかった、と、鐘が鳴った、彼女の目から涙が滂沱とこぼれ落ちた、そして僕はといえば、その涙に総毛立つ想いがして、涙を拭いてやることもできなかった。彼女は隣室へ行き、しばし窓辺に黙って立ち尽くしていたが、ふたたび彼女が、声もなく泣きながら戻ってくると、さながら二人を分かつ壁が未来永劫にわたって立ちはだかったかのような名状しがたい苦痛に我々は襲われ、僕は彼女に握手して立ち去るほかはなかったのだ。
~同上書P37

二人の間に何が起こったのかはわからない。
果たしてこれが真実なのかフィクションなのか、それすらも不明だ。しかしこの、マーラーの筆致は力強く、僕たちの心に見事に届く。これこそが彼の歌曲の秘密だ。言葉に音楽を乗せるときの、言葉を尽くすときの天才。

マーラー:
・さすらう若人の歌(1990.2Live)
・亡き子をしのぶ歌(1988.10Live)
・リュッケルトの詩による5つの歌(1990.2Live)
トーマス・ハンプソン(バリトン)
レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

「さすらう若人の歌」におけるハンプソンの歌唱を聴くと、この歌がかつての恋人への想いや憧憬を歌った老大家の音楽のように思える。おそらくそれは死の8ヶ月前のバーンスタインの最後の崇高な境地と連動しているのかもしれない。
そして、何より素晴らしいのが「リュッケルト歌曲集」。
ここでのハンプソンは脱力で自由自在。特に、第4曲「真夜中に」のオーボエの幽玄な音色に涙し、後半の管弦楽の爆発を伴った壮大な歌唱に心震える。あるいは、第5曲「美しさのために愛するのなら」における、アダージェットにも似た濃密な調べに映る哀愁!!

 

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2 COMMENTS

雅之

>―これらの歌は、一人のさすらいの若人が運命に見舞われ、今や世の中に出てゆく、かくしてまた先へ先へと遍歴を続けてゆく、といった風な構想でまとめられている。

いかにも「青春」ですねぇ。この懐かしく切ない気分はどこから来るのでしょう?

私の連想(いつものようにブログ本文の話題とあまり関係ないです・・・申し訳ありません)。

「卒業」ダスティン・ホフマン, キャサリン・ロス 他 (出演), マイク・ニコルズ (監督)

http://www.amazon.co.jp/%E5%8D%92%E6%A5%AD-Blu-ray-%E3%83%80%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%95%E3%83%9E%E3%83%B3/dp/B006QJT3TI/ref=sr_1_2?s=dvd&ie=UTF8&qid=1457179372&sr=1-2&keywords=%E5%8D%92%E6%A5%AD

そして、息子が東京から帰ってきて「聴け」と貸してくれたCD(とDVD)。

「カタルシス」SKY-HI

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%B9-CD-DVD-type-B-SKY-HI/dp/B0188ZIR5I/ref=sr_1_1?s=music&ie=UTF8&qid=1457182777&sr=1-1&keywords=sky-hi

いつの時代も「青春」はいいなあ。本当に切ない・・・。

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岡本 浩和

>雅之様

いいですねぇ、「卒業」!!最高です。
でもってS&G!!
堪りません、いつの時代も「青春」は良いですよね!
それにしてもカタルシスとは初めて知りました。
今の流行をきちんと押えておけと貸してくれる息子さんは立派です!!

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