春の気配。
あえて秋の如しの憂い、冬の如しの凍てつきを発するニック・ドレイクの歌。
世界に季節があり、不変であることを思う。
流れ流れながらまた同じところに戻るという奇蹟。世界は回る。
そこには哀しみがあり、怒りがあり、であるがゆえに愉悦があり、慈愛がある。
もし彼の短い生涯の中で何かの戦いに勝利したとすれば、ニック・ドレイクは本質というものを勝ち取ったと言えるだろう。彼は自分自身というものを持っていた。彼の歌は彼の服装のように、病的なほどメランコリーだった。ただの自己満足にふけるということではなかったのだが、若いスタジオ・ミュージシャンだった頃のエルトン・ジョンは、ドレイクの歌の、いわゆる「美しく忘れられない質の高さ」に魅せられて、そのデモを録ったことがあった。それらの歌には、不安になりそうなほどの純粋さと、汚れていない何かがあった。音楽的に説明すれば、それらには、フォーレの「レクイエム」を歌う少年合唱団の、身の毛のよだつような愛らしさがある。文化的にするなら、それらは、60年代のカウンター・カルチャーが抱えた壊れやすい狂気と共振していた。
(アーサー・ラボウ/山名昇訳)
~HNCD 4434ライナーノーツ
アーサー・ラボウのこれらの言葉のうちにニック・ドレイクの音楽のすべてがある。
時を選んで聴かねば、ドレイクの歌は不安を喚起する。
時さえ選べば、その暗澹たる音調の歌に希望を見出せる。
おお、冷たい冷たい硬い、恐ろしい死よ。お前の祭壇をここにきずけ。そしてお前の自由にあやつる恐怖でかざれ。これはお前の領土なのだから!だが、愛され尊敬され名誉をさずけられた頭に対しては、お前の恐ろしい目的のために髪の毛一本でさえさわることはならないし、顔形のどの一つとして醜くはさせないぞ。その手が重く、放せばぐったり落ちるからでもなし、その心臓や脈搏がとまってしまったからでもない。いや、その手はかつては開き、寛大で、誠実であったし、心臓は勇敢で、暖かく、やさしく、脈搏には人情がかよっていたからである。
~ディケンズ作/村岡花子訳「クリスマス・カロル」(新潮文庫)P122-123
ディケンズのうちにニック・ドレイクを思う。死とまさに対峙する生の喜び。鬱病に陥ったニック・ドレイクの中にも生きることへの執着はあったはず。死に対する憧憬のあまりの強さに死神の手が伸びたのか、彼は26歳でその生を終えざるを得なかった。大いなる作品をこの世界に残して。
Nick Drake:Five Leaves Left (1969)
Personnel
Nick Drake (vocals, acoustic guitar, piano)
Paul Harris (piano)
Richard Thompson (electric guitar)
Danny Thompson (double bass)
Harry Robinson (string arrangement)
Rocky Dzidzornu (congas, shaker)
Robert Kirby (string arrangement)
Clare Lowther (cello)
Tristan Fry (drums and vibraphone)
ある朝早く土曜日の太陽が昇った
空はどこまでも青く澄みわたっていた
何の前ぶれもなく
土曜日の太陽は突然現れた
だからいったいどうすればいいのか誰ひとりとしてわからなかった
冴えない日々を送っていたみんなの上に
土曜日の太陽が訪れた
でもみんなのことやみんながいた場所のことを思い出してみれば
彼らは彼らなりにとってもうまくやっていたと思うよ
それなりにね
なかなかのやり方で
土曜日の太陽は今日ぼくには会いにはきてくれない
(中川五郎訳)
ラスト・ナンバー”Saturday Sun”における、トリスタン・フライのヴァイブの美しさ。ニック自身のピアノもあまりに切ない。
とはいえ、その詩は不気味だ。誰もが取扱いに困る「土曜日の太陽」はやっぱり死神(悪魔)のことなのか?死にたくても簡単には死なせてもらえないという絶望。生と死とはやはり表裏だ。
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>でもみんなのことやみんながいた場所のことを思い出してみれば
彼らは彼らなりにとってもうまくやっていたと思うよ
そうさ、ニック・ドレイク。土曜日の太陽なんか、べつに会いにはきてくれなくてもよかったじゃないか!
俺だって、土曜日に限らずさ、ずっと昼は来てないけど、あわよくば土曜の夜の恋人がいないかと、いまだに捜し続けているわけだしさ。それに、俺の友達にゃ太陽じゃなくて月が大好きっていう風変わりなオッサンがいるが、毎日陽気に暮らしてるらしいぜ(笑)。
土曜日の夜 トム・ウェイツ
http://www.amazon.co.jp/%E5%9C%9F%E6%9B%9C%E6%97%A5%E3%81%AE%E5%A4%9C-%E3%83%88%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%84/dp/B004E3VLZW/ref=sr_1_sc_1?s=music&ie=UTF8&qid=1457270480&sr=1-1-spell&keywords=%E3%83%88%E3%83%A0%E3%82%A6%E3%82%A8%E3%83%83%E3%83%84+%E5%9C%9F%E6%9B%9C%E6%97%A5%E3%81%AE%E5%A4%9C
https://www.youtube.com/watch?v=f7UHd7NVegE
>雅之様
いつもながら(いつも以上に?)何という粋な計らいでしょう!
ニック・ドレイクに対してトム・ウェイツとは!!
いずれも孤高の天才です。
すぐさまこういう作品を連想するあたり雅之さんの懐の深さには感服いたします。
ありがとうございます。