グレン・グールドのブラームス

brahms_gould.jpg日中の外気は、雪でも降るのではないかという凍えるほど。
世の中はクリスマス一色。ただ、例年とは明らかに違って多少盛り上がりに欠けるよう。とはいえ、新宿駅界隈は別。「景気の後退感」などどこ吹く風で、呆れるばかりの人、人、人。人疲れしてしまいそう。

昨日、佐治先生が講演の中で、ボイジャーに搭載したLPには、グレン・グールドの弾くJ.S.バッハ、それも平均律クラヴィーア曲集第1巻から「前奏曲とフーガ第1番ハ長調BWV846」を選んで入れたというお話をしてくださった。この音楽はグノー編曲の「アヴェ・マリア」として人口に膾炙しているが、先生曰く「宇宙の普遍的言語である数学と、脳の一番深いところにある聴覚とに関わる音楽を合体させることを意図して選んだ」とのこと。しかも、毎朝起きぬけにこの楽曲をピアノで弾くと、その日の自分の心身のコンディションもわかるのだと。来年1月には、この前奏曲を数学的に研究、解釈した自著が上梓されるということなので今から楽しみだ。

ところで、J.S.バッハに関してはグレン・グールドの音盤を選択すれば間違いないはずだが、「平均律」に関してだけはどうもピンと来ない。僕にとってのベストはリヒテルが残したスタジオ録音盤1973年インスブルック・ライブ両盤。前奏曲第1番からまるで天使がオーラを発するようなキラキラと光るような音色で、天空の神の世界へと誘われる。その全てが言語を絶するほどの美しさ。これに比してグールドの演奏は不思議なことに、あまりにも色気がない。

ブラームス:バラード作品10、ラプソディ作品79
グレン・グールド(ピアノ)

死の8ヶ月前の録音。この神秘的、情熱的なブラームスを遺し、グレン・グールドは突如神に召される。若き日のブラームスの内燃するパッションが乗り移ったかのような「色香」を帯びた傑作。以前のブログにも紹介した「間奏曲集」同様、ブラームスのピアノ曲を弾かせればグールドの右に出る者はいない(いや、言い過ぎ。あえて挙げるならアファナシエフ!)。

「柘榴水」 レイモン・ラディゲ
恋は一番軽症い熱病だ!
私のなやみの凡を消してくれる
脣いろの柘榴水
見てゐるだけで私は酔ふ
(「月下の一群」堀口大學)

※ちなみに、ボイジャーへのレコード搭載は、地球外の知的生命体がもし存在するとするなら、共通言語であろう音楽を通してわかり合えるのではないかという淡い期待を抱いてのことであったそう。もちろんボイジャーは現在も飛行、探索を続けており、いずれ地球が生んだ人類の至宝たる音楽が「彼ら」に届く日が来るのだろう・・・。


2 COMMENTS

雅之

こんばんは。
グールドのバッハ「平均律」は第2巻の方が断然好きで、無人島に持っていきたいほどのCDです。曲集としても第2巻の方が深いと思います。
ブラームスについては、ウジウジしたところが嫌いなんですが、嫌いな人は、だいたい近親憎悪なんだと思います。私もそうです。
そのブラームスも、ピアノ曲は好きです。対照的なグールドとルプーの演奏のCDが特に好きで、その日の気分で、どちらかを聴くことが多いです(アファナシエフは残念ながら未聴です)。
あと、余談ですが、ブラームスでは2曲のヴィオラ・ソナタに思い入れが強いです。これは死ぬまでに一度でいいから全曲弾いてみたい、憧れの曲です。クラリネットに対抗意識を燃やしています(笑)。

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おかちゃん

>雅之様
こんばんは。
>グールドのバッハ「平均律」は第2巻の方が断然好きで、無人島に持っていきたいほどのCDです。曲集としても第2巻の方が深いと思います。
おっしゃるとおりですね。第2巻はバッハの晩年でしたっけ?深いですよね。
>ブラームスについては、ウジウジしたところが嫌いなんですが、
若い頃僕もそうでしたが、いつの間にか受容してしまいました。まるでウジウジした自分自身を見るようで嫌だったのだと思います。そこにどっぷり浸った瞬間に「許せる」ようになりました(笑)。
アファナシエフはぜひ聴いてください。ショパンのノクターン集と同じ世界が拡がります。完璧です。深遠です。哲学です。
>ブラームスでは2曲のヴィオラ・ソナタに思い入れが強いです。
嗚呼、ヴィオラ・ソナタ!名曲です。(どちらかというとクラリネット版が好きですが・・・)

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