自然の叡智

ravel_cluytens_tokyo_live.jpg人間が智の限りを尽くした創造物も自然の叡智には決して敵わない。

朝、起き抜けにサンソン・フランソワの弾くラヴェルのピアノ曲全集を聴いていて、まるでオーケストラを聴くような錯覚にとらわれた。46歳という若さで早世したフランソワは、真の芸術家タイプのテクニシャンだったそうだが、彼の弾くショパンを含めたフランスものを耳にすると、本当に惜しい逸材を世界は早くに無くしてしまったのだと痛感する。同盤の解説書の中で今や懐かしき三浦淳史氏が書かれているのだが、フランソワは録音に際して、ほとんどみな一発録りだったという。今の時代のライブ・レコーディングとは違い、1960年代のあの当時にそういうスタンスで音楽活動を繰り広げていたとなると、大変なテクニックと自信だったんだろうと推測できる。なぜかくもフランソワの演奏が魅力的なのか・・・?確かな技術に裏づけされた一瞬一瞬を大切にした感覚的な「芸術」だから。そう、計算がないのである。いや、その言い方は語弊がある。計算の上に加味された絶妙な即興性がバランスよくものをいっているのである。

昨日も東京ディズニーシーを訪れ、それなりに楽しめたものの、やっぱり「計算」され過ぎていることが僕などには向いておらず、意外性や突発性が極めて少ないところが正直物足りなかった。いや、待った。もちろん「計算されている」ことは重要だ。ただ、その上に即興的なもの、想像を超えた「遊び」の部分があってこそ美しいと思えるので、贅沢な話だが、余りの完璧さに逆に面白みを感じなかったのかもしれない。
僕は音盤もライブ録音を好む。それも一切編集なしのレコードが最も感性に近い。そう、計算され尽くした、一つの瑕もないレコードは面白みにかける。楽章間の咳払いや終演後の拍手こそが重要。昨今のライブ録音は、音楽とは関係ないと思われるノイズをカットし、化粧を施しリリースされる。これではライブ録りの意味がない。人為的な力を余計に加えない「自然」な姿こそが最も芸術らしい。

久しぶりにクリュイタンスのラヴェルを聴く。それも、1964年、パリ音楽院管弦楽団との最初で最後の来日となったコンサートのライブ録音。芸術の中の芸術!僕が生まれて間もない時だから一層感慨深い。

ラヴェル:管弦楽曲プログラム
・スペイン狂詩曲
・組曲「マ・メール・ロア」
・ラ・ヴァルス
・クープランの墓
・亡き王女のためのパヴァーヌ
・「ダフニスとクロエ」第2組曲
・ベルリオーズ:ラコッツィ行進曲~アンコール
アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団(1964.5.7東京文化会館Live)

計算され尽くした音楽に、即興性という風味を加えることで一流のバランスが表出するという典型的な音楽作り。音盤から流れ出てくるえもいわれぬたおやかで恍惚とした調べは、ラヴェルを聴く醍醐味ここにあり、という印象。これは実演に接した人は大変な感動を味わえたことだろう。羨ましい。
作曲家が残した譜面から何を感じとり、そしてどのように表現するのか、指揮者にせよピアニストにせよ、芸術家の力量はそのあたりに集約されるだろう。瞬間を感じとる心が大事。


4 COMMENTS

chishiki

ディズニーシーが、楽しいことは楽しいんだけど、あまりに計算通りで退屈というのは非常に共感できます。そこを退屈と思うか思わないかが人間性のリトマス試験紙のように思います。その点については、以前池澤夏樹の文章を借りてまとめたことがあるので、よかったらご覧ください。
http://blog.livedoor.jp/hrfm/archives/50812613.html

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おかちゃん

>chishikiくん
おはよう。
なるほど池澤夏樹の文章は説得力あるね。それに表現がうまい。
何でもひとつの経験と捉えれば無駄じゃないんだけどね。しばらくはもう行かなくていいって感じです。

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雅之

こんばんは。
フランソワにしてもクリュイタンス&パリ音楽院管にしても、他に代え難い、香り高く音楽的深みのあるラヴェルを演奏していましたね。これに比べれば現代のラヴェル演奏は、技術的には上かもしれませんが、著しく魅力に欠けると思います。人参やトマト、ホウレンソウの昔と今の味の違いと言っておきましょうか。口当たりは今の方がよいですが、栄養価は昔の方が断然ありました。
それにしても現代のオーケストラは、没個性になりましたね。ウィーン・フィルでさえ、このオケ独特の音色は薄まっていますよね。来日公演のチケット代に見合った独自の魅力があるとは私には思えません。これもマニュアル重視で画一的なメソッドなどの音楽教育の問題なのでしょうか?それとも音楽教育に止まらず、社会風潮の反映なのでしょうか?
クリュイタンス&パリ音楽院管の1964年の来日公演のCD、「幻想交響曲」も超名演ですよね。鐘の音程は独特ですが、この曲の最も好きな演奏のひとつです。クリュイタンスもまた、ライヴでこそ能力を全開する指揮者だったことが、これらの録音でよくわかります。

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おかちゃん

>雅之様
こんばんは。
今の「没個性」の風潮は音楽の世界に限らないでしょうね。
優等生であればあるほど「個性」をなくしてしまう教育ですね。
前にも雅之さんがおっしゃってましたが、特にオーケストラものなどは高額のチケットを買ってまで外来を聴く必然性はまったくないですね。日本のオケで十分満足です。
ちなみに、明日は、ハーディング&新日フィルの演奏会に行ってきます。何とチケットプレゼントに当たりまして・・・。
>クリュイタンス&パリ音楽院管の1964年の来日公演のCD、「幻想交響曲」も超名演ですよね。
確かに!僕も大好きな演奏です。
>クリュイタンスもまた、ライヴでこそ能力を全開する指揮者だったことが、これらの録音でよくわかります。
おっしゃるとおりです。

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