シューマンとブラームス

schumann_kremer_argerich.jpgもうかれこれ10年になるだろうか。ちょうど夏休みにドイツ南部とギリシャを旅行した時のこと。フランクフルトやハイデルベルク、ボンやケルンを訪れ、当地の音楽を堪能しつつ、作曲家や音楽家の足跡を辿りながらのんびりとしたひと時を過ごした。微かな記憶を頼りに、当時体験したその地の空気を思い起こしてみると、不思議な違和感を覚えたのが、ボンで訪れたロベルト・シューマンのお墓。当然のことなのだが、同じ墓地には妻のクララも葬られていた。

実は、その数日前にはクララ・シューマンが夏の別荘を持っていたというバーデン・バーデンまで足を延ばし、ヨハネス・ブラームスが1865年から1874年の夏を過ごした家とそして今は存在せず改修されたというクララの住居周辺をぐるりと散策し、温泉保養地らしいとても気持ちの良い爽やかな風と太陽のエネルギーが充満した空気を十分味わわせてもらっていた。
―この地では、ブラームスによりピアノ五重奏曲作品34(1864)、チェロ・ソナタ第1番作品38(1865年)、ホルン三重奏曲作品40(1865年)など室内楽の名作が次々に生み出されているのだが、これらはクララへのほとんど恋愛に近い感情の発露としての作品群なのだろうと想像でき、まさに彼女の存在こそがヨハネスの創造力を掻き立てる源泉であったことが如実に物語られているようだ。―

今になって思うと、そういう雰囲気を味わった矢先に出会ったシューマン夫妻が「共に眠る」墓地だったゆえ、ブラームス党の僕としてはどうも歯がゆさが拭い切れず、せめて未亡人となった後のクララにもう少し積極的にアプローチできなかったものなのかなどと(仕方がないことなのだが)自分自身を投影しながら、イジイジしたヨハネス君に同情したくなるような何とも表現しがたい気持ちになってしまったのだろう。

クララ・シューマンにとってヨハネス・ブラームスとはどういう存在だったのだろうか。夫ロベルトが見出した天才の一人。夫亡き後も、精神面で支えてくれた友人でもあり、音楽面におけるパートナーでもあった。「恋愛」という意味で精神的、肉体的なつながりがあったのかどうかは残されている資料から汲みとることはできない。後年の我々は、あくまでブラームスが生み出し、クララに捧げた一連の名作群を聴きながら推測するしか手立てがない。しかし、クララを軸に、二人の大作曲家が残した作品にじっくり耳を澄ませてみると、シューマンとブラームスは会うべくして会い、そしてお互い鏡のような存在で、何か共通したもの(音楽性なのか何なのか・・・)によって繋がっていただろうことが(音楽の専門的なことには疎い僕にでも)わかる。クララにとってはロベルトもヨハネスもいずれもなくてはならない存在だったのだろう。
例えば、ブラームスのピアノ五重奏曲へ短調作品34のスケルツォ楽章からは、ベートーヴェンの「運命」動機が木霊するだけでなく、シューマン晩年の枯れた味わいの傑作、ヴァイオリン・ソナタ第2番のスケルツォ楽章が聴こえてくるようだ。

シューマン:ヴァイオリン・ソナタ第2番ニ短調作品121
ギドン・クレーメル(ヴァイオリン)
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)

シューマン晩年の枯れた味わいの名作。1851年に作曲されたこの音楽にはブラームスに通じる「侘び、寂」の世界が感じられる。しかし、クレーメルとアルゲリッチのコンビは「枯れた」どころかまるで死に際のシューマンに代わって壮年期のブラームスがクララに捧げるかのような愛の囁きとして作品を見事に音化している。


2 COMMENTS

雅之

シューマンのヴァイオリン・ソナタやヴァイオリン協奏曲などは、アマチュアの弦楽器奏者から見ても、実に不器用な書き方をしていますが、そこがシューマンの人間らしく面白いところです。私にとってこれらの曲は、晩年のシューマンを考える上でとても大切な曲です。クレーメル&アルゲリッチのご紹介のCD、名盤だと思います。愛聴盤です。アルゲリッチはレパートリーから見ても、ブラームスよりシューマンが好きなピアニストじゃあないでしょうか?一度本人に質問してみたいですね(笑)。
今思ったんですけど、ブラームスって曲を書くとき推敲に推敲を重ねているので、そつが無いでしょ。書きかけで失敗したりした未完の自筆譜なんか、自分で処分したのか、他の作曲家に比べてあまり出てこないですよね。それが彼のいいところでもあり、俗にいうA型的で物足りないところでもあります。もっとスキを見せればよかったのに!それと、ウジウジしているという点では、ブラームスもチャイコフスキーもいい勝負だと思います。そこが魅力でもあり、女性の母性本能をくすぐるところなんでしょうけど・・・。
【来年の抱負】来年は私も、自己も他者もブラームスも、改めて受容する努力をいたしましょう(笑)。
※話はまったく変わりますが、私は明日より年末年始の休暇を、家内の実家の山口県の、原則としてパソコンを触れない環境で過ごします。なのでその期間、コメントできません。
今年は4月に初めておかちゃんのブログにコメントさせていただいてから今日に至るまで、本当にお世話になりました。感謝の極みです。明日も新日フィルのコンサートを楽しまれるようですが、どうかよい年の瀬をお過ごしください。
そして、どうかよいお年を!

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おかちゃん

>雅之様
>実に不器用な書き方をしていますが、そこがシューマンの人間らしく面白いところです。
なるほど、不器用な書き方ですか・・、でも確かにそこがいいですよね。
>アルゲリッチはレパートリーから見ても、ブラームスよりシューマンが好きなピアニストじゃあないでしょうか?
そんな感じですね・・・。アルゲリッチのブラームスは、やれば相当良いものになるはずですが・・・。
>もっとスキを見せればよかったのに!
おっしゃるとおり!(笑)うじうじしているところが母性本能をくすぐるんでしょうね。
>来年は私も、自己も他者もブラームスも、改めて受容する努力をいたしましょう(笑)。
がんばってください(笑)
こちらこそ雅之さんと出逢えて本当によかったです。とても勉強になります。よいお年を!

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