才能と自信

tchaikovsky_karajan_mutter.jpgロシアの土臭いロマンティシズム。それでいてどこか都会的な洗練されたセンスをあわせもつチャイコフスキーの音楽。久しぶりに毎日のように彼の作品を聴いていると、心に訴えかけ、記憶に留めやすく美しい名旋律が、わずか100年ほど前に生きたたった一人の人間の手によりこれほどまでにたくさん生み出されていることが奇跡のように思えてしまう。

人間は誰もが無限の可能性をもっているということはよくいわれる。ただ、そうはわかっていても皆無意識に「限界」を作ってしまう。前向きに「できる、できる」と自己暗示をかけたとしてもどこかで「それは無理なんじゃないか」とマイナス地帯に自分を追いやってしまう。昼、久しぶりの知人と会話しながら、そして黄昏時、ある女性とお茶を飲みながらそんな話題になった。いかに才能を生かすか。そして、いかに自分を信じるか。

ところで、チャイコフスキーはブラームスのことを徹底的に嫌っていたようで、ことあるごとにほとんど中傷ともとれる露骨な表現でこの天才を否定している。
例えば、1877年のウィーン滞在中。会う機会があっても「彼に何といえよう?あなたは才能がなく、創造力に欠けるとでも言えばいいのか?」とあえて避けたことがメック夫人宛の手紙から読みとれる。あるいは「(ブラームスの音楽は)性に合わない。理解できない」とも書く。さらには「並の人間が天才として認められている」とまで1886年10月9日の日記に書く有様だ。ここまで言い切ってしまうと、チャイコフスキーこそが自信のない俗物だったのではないかと疑ってしまうほど。彼の場合、終生お金に困っていたらしいから、社会的な成功を収め、それなりに裕福な暮らしをしていたであろうブラームスに対して単なる嫉妬心をもっていただけなのだろうと邪推する。
自己評価ができ、他者からも称賛を受ければ人は自ずと自信を持つ。存命当時からチャイコフスキーは社会的にも十分に認められた大作曲家だったわけだから、そんなにもムキになる必要はなかったはずなのに・・・(とはいえ、そういういかにも俗物根性丸出しのところがまた人間っぽくて、ますます彼の音楽に愛着を感じる所以でもあるのだが)。

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品35
アンネ=ゾフィー・ムター(ヴァイオリン)
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1988.8.15Live)

ザルツブルク音楽祭でのライブ録音。この1年足らず後にカラヤンは亡くなるわけだから、おそらく最後の協演ということになるのだろうか。帝王カラヤンの薫陶を受けたムターも今やヴァイオリン界の大御所。このチャイコフスキーの協奏曲も後年になって再録音しているが、圧倒的にこのライブ盤の方が上。年を重ねた後の再録盤での演奏こそムターの個性充溢というところだろうが、ベートーヴェンにせよ、ブラームスにせよカラヤンとの音盤の方がずっと普遍性を持つ(ように僕には聴こえる)。伸び伸びと自己を表現しながらも決して踏み外すことないパフォーマンス。

何百年という歴史を超えて残ってきた西洋古典音楽には人間の可能性を引き出す不思議なエネルギーがある。


2 COMMENTS

雅之

おはようございます。
・・・・・・ヴァイオリン協奏曲の初演(1881年)をめぐって記憶されるべきもうひとつの名は当時の大批評家ハンスリックで、ウィーンでの初演に対して、さんざんこっぴどいことを書いた末にいわく、「チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、音楽作品にも、聴くとにおいを発するものが有りうるという恐ろしい考えをはじめて我々に起こさせる」うんぬん。まさに言いも言ったり、である。ただ、ハンスリックの批評は、これ以上引用しないけれど、ブラームスを支持し、ドイツ音楽の正統を信じていた批評家としての立場というかスジは通っていて、共感は出来ないが理解出来るものを含んでいる。・・・・・・(中河原理著 『オーケストラに聴く103曲 名曲との対話』 1971年 音楽之友社 より)
チャイコフスキーがブラームスをライバル視した背景には、当時の音楽界の、こうした現実もありますよね。
ご紹介の盤の評価については、おっしゃるとおりだと思います。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
人間って自分が所属するものにどうしても執着するんですよね。
だから、いつの時代も民族主義、国家主義やイデオロギーの問題が絶えません。本当はベートーヴェンが第9に想いを込めたように音楽こそ「人と人」、「国と国」との諍いの壁を越える媒介になると思うのですが。
ただまぁ、そういうバックグラウンドがあってその人独自のものが出来上がるんですけどね。人間とは面白いものです。

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