ブルネル指揮プリマス・ミュージック・シリーズのブリテン「ポール・バニヤン」(1987.5録音)を聴いて思ふ

britten_death_in_venice自らも闘病生活を送っていた最中の盟友の死の激しい衝撃。詩人ウィスタン・ヒュー・オーデンの死は、ブリテンの寿命を縮めた要因のひとつであるに違いない。

ブリテンは1973年の音楽祭での「ヴェニスに死す」初演に立ち会うことはできなかったが、9月にブリテンのための特別演奏会がモルティングスで企画された。その月の終わり、プルーマー、ついでオーデンが亡くなる。ブリテンがオーデンの死の知らせを聞いたときは、ドナルド・ミッチェルがいっしょにいた。ブリテンは、1953年以来会うことのなかった旧友を思ってむせび泣いたという。
デイヴィッド・マシューズ著/中村ひろ子訳「ベンジャミン・ブリテン」(春秋社)P197-198

アメリカの進歩の歴史を伝説の巨人バニヤンに投影したオーデンの台本にブリテンがいかにもアメリカ的な音楽を付したオペレッタ第1作、「ポール・バニヤン」。
序奏からとても長閑で清らか。
そして、全編どの瞬間も喜びと大らかさに満ちる。
戦火激しい欧州とは裏腹、当時の米国は平和だった。
陽気なアメリカ、開拓精神旺盛なアメリカ、そして神々の世界とは一線を画し、現実世界に根を張る世界の象徴たるアメリカ。

堅苦しい祖国を離れ、新天地アメリカでの生活はブリテンの心を解放した。
同性愛が禁じられていた当時の英国での精神的抑圧から逃れるかのように・・・。
明朗で晴れ渡る音調は、ちょうどその頃にピーター・ピアーズとの恋が成就したこととの関連がなくはないだろう。

牧歌的な環境で共に過ごし、ピアーズは元よりブリテンに強い思いを抱いていたから、避けがたい事態が起こった。二人の友人は、恋人たちになったのである。ピーターが大切なこととして記憶している変化は、6月下旬、二人がジョイント・リサイタルを開くためトロントを訪れたときに起きた。数日後、二人はカナダと米国の国境を越え、ミシガン州グランドラピッズでピアーズの知人の家に泊まった。二人が愛を成就したのは、ここでのことだったようだ。「ぼくはグランドラピッズでのあの一夜を決して忘れない」と、その6ヶ月後にピアーズはブリテンに書き送っている。
~同上書P71-72

恋というものが与えた想像力、そして創造力。心が踊り、魂が跳ねるのがわかる。
ちなみに、1941年5月の初演当時はブリテンも音楽に決して自信を持てていなかったというが、バラードあり、ブルーズあり、ここにある自由かつポピュラーな音楽は、聴く者に希望を与えてくれる。

・喜歌劇「ポール・バニヤン」作品17
ポップ・ワグナー(ナレーター)
ジェイムズ・ロウレス(ポール・バニヤンの声)
ジョニー・インクスリンガー(ダン・ドレッセン、テノール)
エリザベス・カモー・ネルソン(タイニー、ソプラノ)
クリフトン・ウェア(ホット・ビスケット・スリム、テノール)
ヴァーン・サットン(サム・シャーキー、テノール)
マール・フリスタッド(ベン・ベニー、バス)
ジェイムズ・ボーン(ヘル・ヘルソン、バリトン)
フィル・ヨルゲンソン(アンディ・アンダーソン、テノール)
ティム・ダール(ピート・ピーターソン、テノール)
トマス・シャッファー(ジェン・ジェンソン、バス)
ローレンス・ウェラー(クロス・クロスホールソン、バス)
ジェイムズ・マッキール(ジェン・シアーズ、バリトン)
ジェイムズ・ウェストブロック(ウェスタン・ユニオン・ボーイ、テノール)
マリア・ジェッタ(フィドー、ハイ・ソプラノ)
スー・ハーバー(モペット、メゾソプラノ)
ジャニス・ハーディ(ポペット、メゾソプラノ)、ほか
フィリップ・ブルネル指揮プリマス・ミュージック・シリーズ・ソロイスト、合唱団&管弦楽団(1987.5.5&7録音)
フィリップ・ブルネル指揮イギリス室内管弦楽団(1989.6録音)(付録3曲)

第1幕プロローグの(ポップ・ワグナーによる)「第一バラード間奏曲」などはもはやカントリー調のポップ・ソング。第1場最後の「第2バラード間奏曲」も然り。素敵だ。そして、何より「連禱(キャンプファイヤーの燃え殻は真っ黒で冷たい)」と題される敬虔かつ静謐な第2幕の大団円が最高。

インクスリンガーの「ポール、君は誰なんだ?」という問いに対し、バニヤンは次のように応える。

夜が昼になるところ、夢が現実になるところ、私は永遠のお客であり、道であり、法なのです。

物語に溢れる希望の光。
そして、音楽にある見事な米国讃歌。
音と言葉の一体に僕たちは恍惚となる。
確かにオーデンの死は、ブリテンにとって(ピアーズは別にして)片腕をもぎ取られたようなものだったのかもしれない。その意味では、二人の共同作業が後年滞ってしまったことは残念でならない。

この数年というもの、ぼくは君と君の仕事についてずいぶん考えてきた。君も知るとおり、ぼくは君のことを音楽界の希望の星だと思っている。だからこそ、ぼくは他の誰よりも君に対して批判的だし、人間としても芸術家としても君が直面する危機がわかっていると思う。なぜなら、それはぼく自身の危機でもあるからだ。
・・・(中略)・・・いいかな、ベンジー・ベア、君はいつも物事を自分に甘くしすぎる傾向がある。つまり、才能のあるかわいい男の子たちと遊ぶことで、ぬくぬくした愛の巣を造っているのだ(もちろん、それが手に入ってみると息苦しいのがわかるだろう)。
(1942年1月31日付、オーデンからブリテンへの手紙)
~同上書P85-86

オーデンのこの厳しい言葉のうちに、二人の心と心のふれあい、そして魂と魂のつながりを思う。
人に人あり。ブリテンの才能はこういった多くの友との邂逅あってこそのもの(それゆえ別れは実に切ない)。

 

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8 COMMENTS

雅之

輪廻肯定派の岡本様に、その深淵な宗教的世界観の一端について質問です。

男は生まれ変わっても男で、女は生まれ変わっても女ですか?

ぜひとも、ご教示を m(__)m 

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岡本 浩和

>雅之様

真面目にお答えして良いでしょうか?(月並みなことしか書けませんが)
性別はあくまで身体のことで、魂に性別はありませんので生まれ変われば性も変わります。
実際、僕の周りの過去世を記憶する人たちにうかがってみても、男の時も女の時もあったと言いますし。

と考えると、ホモもヘテロも大した問題ではないのかもと思います。
ちなみに、同性愛は少数派と考えられているようですが、潜在的にはかなりあるように思われますし・・・。

返信する
雅之

包み隠さず真摯にご教示いただき、ありがとうございます。感謝です。

一般的には恋人や夫婦同士が「生まれ変わっても、また一緒になろうね」などと囁き合ったりしますが、どちらか片方にでも性が入れ替わる可能性があるのなら、個々人の事情によっては話が少々ややこしくなり、輪廻に肯定的に捉えるどの宗教でも、信者間で混乱が生じる危険がないかと、老婆心ながら少しだけ気になります。

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岡本 浩和

>雅之様

また一緒になるというのは、夫婦という形に限らないということだそうです。
時には親子、時には敵、と良縁、悪縁、「縁」の形は様々です。

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雅之

その教義からすると、凡人の私などは、趣味嗜好はおろか、性の選択さえも奪われ、「自己」というアイデンティティーが無くなるのであれば、そうまでして生まれ変わった未来の「自分」を想像する意義と喜びが理解できません。それよりも、当然、仏教徒的に、煩悩から脱出して輪廻から解脱したい口ですからね。

「男神」「女神」などについても勉強不足で、

>魂に性別はありません

との整合性が、よくわからないところです。

ちなみに、宗教を信じる人々の最大の弱点は、無意識のうちに、自分が信じる宗教を除く他の宗教を、上から目線的に見下していることではないでしょうか? 「無意識のうちに」という特権意識が特に問題で、その点、私も例外ではありませんから。

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岡本 浩和

>雅之様

「自己」というアイデンティティは肉体にあるのでなく魂にあるのだと思います。
そして、カルマの清算のために人は生まれ変わらざるを得ないということです。

例えば、肉体は洋服のようなもので古くなれば着替えるのだと考えれば良いのだと思います。
ある時はカジュアルに、ある時は正装で、そしてある時はピンクの服を着て、また別のときは青い服を着るというような。

ちなみに、今生で一切のカルマを作らなければ輪廻の輪から抜けられるんでしょうね。
しかしカルマを作らないというのは至難ですが。

あと、男神・女神というのも、人による後付けの概念なんだと僕は思います。
それこそユング的な両性具有というのがそもそもの魂の形であると。

そして、宗教の弱点については同感です。
結局、源は同じであるということを宗教者は忘れてしまっていると思うのです。
対立自体が宗教の在り方と一致しておりませんし。

本件については、以前から申し上げるようにお話ししたいことは多々あります。
いずれお会いした時にゆっくりと。

返信する
雅之

>いずれお会いした時にゆっくりと。

了解しました。

いずれにせよ、誰にも証明、検証できないという意味では、「宗教」と「物理学の未解決問題」に何ら違いはありません。

返信する

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