努力では追いつかない向き不向き、いわゆるセンスというのはれっきとある。
それが偶然の出逢いであろうと、気がついたらその方向に誘われてしまっているのならそれは天職だ。いわば選ばれし者。
僕の、アントン・ブルックナーとの邂逅は朝比奈隆による荘厳な演奏によってだった。1980年のこと。右も左もわからぬ高校1年生がいきなり孤高の世界にはまったのだから再生された音楽は実に神々しいものだったのだと思う。背中に電流が走ったその瞬間のことは40年近く経った今も忘れない。
朝比奈隆の、ブルックナーを生涯のレパートリーとする所以ももとは偶然の産物。しかし、それも必然であったことがわかる。
周知の、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーの忠告。
演奏会は客席に坐って聴きましたが、一遍、ホテルのロビーみたいなところでご挨拶しただけなんです。フランクフルトで彼の演奏会があった翌朝、ホテルの廊下に立っておられたから、挨拶してちょっと立ち話をしました。
ただ、非常に貴重なことを言っていただいたと思うのは、「自分のオーケストラを持っているのか」って言うから、「持っている」と言ったら、「旅行が済んで帰ったら何をやるんだ」というわけです。ちょうどブルックナーの公演のときだったので、9番をやるんだと言ったら、ブルックナーにもいろんな版のものがあるけれど、原典版でやらなきゃいけないというわけです。今では常識のようになっている原典版という言葉をこの時初めてききました。われわれにはそれほど資料が乏しかった時代です。出発前、大栗君に写譜しといてくれと言ったのはヴェスのアレンジした版だったんです。それでフルトヴェングラーに「とにかくオリジナルを近所の本屋に行って買ってみたらすぐわかる」と言われて、それだけでもう握手して別れたので、ものの2分か3分ですが、僕にとってはブルックナー全集が出るか出ないかの境目でしたね。
~朝比奈隆/聞き手・矢野暢「朝比奈隆 わが回想」(中公新書)P168-169
わずか数分の出来事の、しかし、後世の音楽界を揺るがすきっかけがここにあったことを思うと、人の運命というのはわからぬもの。しかしながら、人間というもの、やっぱり誰もが与えられた使命を全うするべく生を得ているのだという気がしてならない。
ブルックナー:
・テ・デウム
・交響曲第9番ニ短調
古嵜靖子(ソプラノ)
郡愛子(アルト)
川上洋司(テノール)
多田羅迪夫(バス)
東京交響楽団コーラス
朝比奈隆指揮東京交響楽団(1991.3.16Live)
東京交響楽団第370回定期演奏会の記録。
この日この夜、僕は緊張の中オーチャードホール2階席正面に座っていた。
天主にまします御身をわれらたたえ、
主にまします御身を讃美し奉る。
永遠の御父よ、
全地は御身をおがみまつる。
オーチャードホールのいまひとつ迫り来ない音響に隔靴掻痒の思いを抱きつつ、初めて実演に触れる「テ・デウム」冒頭の雄渾な響きにもちろん釘付けになった。また、悠揚迫らぬ最後の交響曲の第1楽章に手に汗握った。あるいは、第3楽章アダージョの意志ある祈りに涙した。
久しぶりに音盤を聴いて思う。皮肉にも、記録の方が直接的なのである。
この頃の朝比奈は体調を崩し、その演奏も緊張感に欠けたものが多かったと記憶するが、少なくともこの日のブルックナーは実に動的で、エネルギッシュだったことが歴然。とても80歳を越えた指揮者の演奏とは思えない。やはり、朝比奈は使命というものを自覚していた。
そう、作為がない。こんなのでいいのかしらん、とこちらが心配するほど作為がない。まあ文学で言えば、意味はわからないけれど聴いていると快い、そういう詩がありますわね。文字を解釈したところでたいした意味はないんだろうけど、詩として自然に耳に入ってくる。音楽というのは、本来そうあるべきなんですね。音楽にいろんな観念がまつわりついているのはおかしいわけで、あの人の音楽は、バッハとかベートーヴェンのように完成されたものから、古典時代の複雑な構成で完成されたものから、もういっぺん、何か原始的な状態に戻ったみたいな音楽ですね。
~朝比奈隆著「指揮者の仕事―朝比奈隆の交響楽談」(実業之日本社)P140
朝比奈隆のブルックナーに対する思いは深い。そしてまた、実に的を射ている。
朝比奈隆のブルックナーは、いつの時代のどの演奏もそれぞれに意味深く、不滅である。
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