ハンガリー弦楽四重奏団のバルトーク四重奏曲第1番-第3番(1961.6-11録音)を聴いて思ふ

hungarian_string_quartet_the_collection657多様なイディオム。
たえず革新を起こしながら、独自の路線を開いて行ったベラ・バルトークの音楽に通底するものは抒情だ。計算された緻密なフォルムにあって家族への、人類への愛が見事に刻まれる作品たち。どこをどう切り取っても神々に対する信仰と生活のための現実的な思考が共存する。そのバランスは実に驚異的。

ゾルタン・セーケイ率いるハンガリー弦楽四重奏団の名演の誉れ高い弦楽四重奏曲集は、夜の不安に対する夢と昼の希望に対する現が見事に錯綜し面白い。録音後50余年を経た今も屈指の演奏であると僕は思う。

われわれはハンガリーの民謡をこれまで以上の規模で収集したいと考えるものである。
その最終的な目標は、科学的厳密さをもってそのすべてを収集することである。
伊東信宏著「バルトーク―民謡を『発見』した辺境の作曲家」(中公新書)P24

1906年、バルトークとコダーイが「ハンガリー公衆への呼びかけ」と題した発表にはそうある。何とも大それた課題だ。

祖国を愛したバルトークは、20世紀初頭から何年にもわたって、盟友ゾルタン・コダーイとともに「ハンガリー民謡」の収集に人生を賭けることになるのだが、身にも心にも染みついたその音楽性こそが、彼の音楽を一層重要なものにした。果たしてそのすべては叶わなかったが、民謡が彼の創造活動に与えた影響は大きく、100余年を経た今もバルトークのそれが刻印された傑作たちを享受できる僕たちは本当に幸せだ。

バルトーク:
・弦楽四重奏曲第1番作品7 Sz.40
・弦楽四重奏曲第2番作品17 Sz.67
・弦楽四重奏曲第3番 Sz.85
ハンガリー弦楽四重奏団(1961.6.21-11.30録音)
ゾルタン・セーケイ(ヴァイオリン)
ミヒャエル・カットナー(ヴァイオリン)
デネーシュ・コロムサイ(ヴィオラ)
ガブリエル・マジャル(チェロ)

中でも、第一次大戦中に書かれた第2番作品17は屈指の名演。ベートーヴェンの後期の作品の衣鉢を継ぐ傑作がハンガリー弦楽四重奏団の的確な表現によって飛翔する。4つの弦楽器が溶け合い、民俗的側面を強調しながらより先鋭的で前衛的な音楽を醸す様。過去と未来が入り乱れ、バルトークの音楽がここぞとばかりにうねる。第2楽章アレグロ・モルト・カプリチオーソの高度な音楽性に魅了される。あるいは、第3楽章レントの暗黒は、欧州の惨憺たる戦禍を病む祈りなのだろうか、これほどに深い抒情を湛えた音楽はなかなかない(ベートーヴェンの後期以来?)。
そして、特殊奏法を駆使した第3番の計り知れない前衛性が僕たちの肺腑を抉る。
単一楽章の小宇宙がすべてを包み込む。

愛情に溢れ、知的で博学なベラ・バルトークの音楽は奥深い。
息子ペーテルはかく語る。

子どもの頃、私は音楽を仕事としている父に憧れていました。ところが、ほどなくして父が普通と違うことが分かってきました。父はどこにいても、その世界がとても楽しく興味深い場所になったのです。私は夜一緒に歩いていて星の名前を、昼間は昆虫の生態や食物連鎖といった自然界の別の側面を教えてもらいました。父に走らない話題というものがありませんでした。
ペーテル・バルトーク著/村上泰裕訳「父・バルトーク―息子による大作曲家の思い出」(スタイルノート)P9

バルトークの音楽が素晴らしいのは、自然界と同期しているからだろう。
そんな作品を同じ母国語を話す音楽家たちが音化するのだから並みでない。
いかにも人工的でありながら真理と結合した音楽は普遍的であり、また不滅だ。

 

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