ワルター指揮コロンビア響のモーツァルト後期六大交響曲集(1959-60録音)を聴いて思ふ

mozart_6symphonies_walter696もう何百回聴いたことだろうか。
僕にとってブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団のモーツァルト後期交響曲集は、今もって随一のセットである。指定の反復を省略し、より簡潔にモーツァルトの精神を表現しようとするワルターの慧眼。愉悦と悲哀が入り交じる神童の晩年の魂がそこかしこに明滅する。天使の顔と悪魔の顔が見事にひとつになる浪漫。

わたしの負けなんです。わかっているんです。でも、わたしにとって、ト短調「交響曲」は8つの特別な小節だけしか値打ちがないのです―終楽章の複縦線のすぐあと、無伴奏の下降六度の連続のところ、モーツァルトがアントン・ヴェーベルンの精神を感知するまでに到達している個所です―。陳腐な時間が半時間も続くなかで、ただの8小節です。まったく本気で言うんですが、K16の方がこれよりもっと大きな喜びを感じられるんです。
ティム・ペイジ編/野水瑞穂訳「グレン・グールド著作集Ⅰ―バッハからブーレーズへ」(みすず書房)P58-59

それなのに、かのグレン・グールドは真っ向からモーツァルトを否定する。
ソナタにおいて、あのエキセントリックな解釈を披露したグールドのモーツァルトに対する偏見とでもいうのか、まったく解せない。
と思ったが、他人の感性を受容できないこと自体が偏見であることに気づいた。何より「わたしの負けなんです。わかっているんです」という枕詞。
自身の感性のいわば欠点を潔く認める点がグールドの天才。そして、自らの感性に従ってソナタという作品を滅茶苦茶に破壊(すなわち再創造)しようとした行為に天晴。

モーツァルトが微笑む。
また、モーツァルトが嘆く。
そして、モーツァルトが激昂する。
どんな表情を見せようとモーツァルトはモーツァルトだ。
しかし、僕にとってブルーノ・ワルターのモーツァルトに匹敵するモーツァルトはない。

モーツァルト:後期六大交響曲集
・交響曲第35番ニ長調K.385「ハフナー」(1960.2.26録音)
・交響曲第36番ハ長調K.425「リンツ」(1960.2.28&29録音)
・交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」(1960.2.25録音)
・交響曲第38番ニ長調K.504「プラハ」(1959.12.2録音)
・交響曲第39番変ホ長調K.543(1960.2.20&23録音)
・交響曲第40番ト短調K.550(1959.1.13&16録音)
ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団

「リンツ」交響曲に垣間見る、デモーニッシュな序奏から主部に入った途端、突如として光が舞い降りる瞬間の妙。ここには生命が感じられる。また、ト短調交響曲の哀しみの背面にある喜びに、生と死が一対であることを思う。あるいは、「ジュピター」交響曲における絶妙なテンポの揺れと確信に満ちた歩調から感じられるモーツァルトの永遠。
嗚呼、時間が止まり、空間はひとつに収斂される。

おそらく今この瞬間に、世界のどこかで、それも複数の場所で、僕と同じようにワルターのモーツァルトを聴いている人がたくさんいることだろう。
そして、その多くの人たちがモーツァルトに癒され、ワルターの音楽に喜びを感じているだろう。

同時に私は、モーツァルトの作品によってわれわれに与えられている、二度とない創造の奇跡をも理解した。すなわち彼にあっては、高貴なものと低俗なもの、善良なものと邪悪なもの、賢明なものと愚劣なものなどのすべてが、戯曲的に真実であり、しかもこれらすべての真実が美になっている、ということであった。
内垣啓一・渡辺健訳「主題と変奏―ブルーノ・ワルター回想録」(白水社)

 

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3 COMMENTS

雅之

老人の昔話のように、同じようなことを何回も繰り返しコメントしたくないというのが私の思いの根底にあります。屋上屋を架しても仕方がないですしね。毎回異なったアプローチでと心がけています。

時間が無いので、今回詳細は書けないのですが、モーツァルトの特に後期は、鉱物趣味抜きに語れないことを知りました。モーツァルトには少なくとも四名の鉱物学者が協力しており、鉱物学者が集まって台本を書いた「魔笛」は斑銅鉱の知識がある人にしかわかりません。交響曲第38~41番もその延長線上にあります。モーツァルトの作品番号で有名なケッヘルも熱心な鉱物コレクターだったそうです。

参考文献 「堀秀道の水晶の本」草思社

https://www.amazon.co.jp/%E5%A0%80%E7%A7%80%E9%81%93%E3%81%AE%E6%B0%B4%E6%99%B6%E3%81%AE%E6%9C%AC-%E5%A0%80-%E7%A7%80%E9%81%93/dp/4794217404/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1480449326&sr=1-1&keywords=%E6%B0%B4%E6%99%B6%E3%81%AE%E6%9C%AC

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岡本 浩和

>雅之様

何と!
これは貴重な情報をありがとうございます。
残念ながら僕には鉱物趣味がありません。
まずはこの書籍を読ませていただくのを機に少しずつ勉強させていただこうかと思います。
(やっぱり「魔笛」にはゲーテも絡んでるんですかね?)
いやはや、何だかいつももらってばっかりで恐縮です。
こういうことがあるので雅之さんとの対話は素晴らしいのです。

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